11-2「着付師ミリアの装備講座」
「────まあ、『それなら着るな』という意見はさておき」
「……何も言ってないけど」
「聞こえたもん」
「……」
不満げにぼそっとするエリックにキッパリはっきり言い切った。
ミリアには見えていた。
説明している
出会ってからそれほど時間は経っていないが、毎回やり取りが密なのだ。さすがのミリアでも、『言いそう』ぐらいは想像できる。
ズドバン! と図星を突かれ、黙るエリックをほったらかしに、ミリアは言葉を続ける。
「鳥かごは縦方向にたくさん骨があるけど、クリノリンは横方向に骨が走ってて。それに、布を張って履いてた……ううん、感覚的には『装備』? してたみたい」
「…………『装備』って。随分物々しい言い方だな……」
「だって、『装備』だよ。素材が針金とか、鉄だったって言うんだから」
「針金? 金属を仕込んでいたのか?」
「そう。だから、座るのや動くのも大変だったみたい」
「…………」
説明を続けるミリアの前、エリックの表情はいまだ複雑だ。
『商業として発展したのは素晴らしいが、そこまでするのは理解できない』と言いたげな彼に(──ま、男の人ってそんなもんだよね)と心の中で呟いて。
彼女は、歴史ある資料をめくりながら、流れるように話し出す。
「──針金に布を張ったクリノリンの上にレースや綿生地の
その先の『長くなりそうなうんちく』を察知して、ミリアは言葉を切った。手元にある『服飾産業の歴史』。この国で、衣装と共に頑張ってきた女性たちの生きざまは、彼女にとって誇らしくもあり、尊敬の存在であった。
ミリアの故郷マジェラは、当の昔にローブ以外の服を捨てた。
ミリアの知る頃には、色のついた服は存在さえしていなかった。
──諦めたのか、それとも、もともと着飾るつもりもないのか。
真っ黒・真っ白で、いつも同じものを身に着けて平然としているマジェラの人々と、この国を比べ息を抜く。
『今現在も』自らの美意識と、『家のシンボル』として着飾っている『この国の女性たち』は、ミリアにとって誇らしかった。
「────ちなみに、コルセットもね? 金属の鎧みたいなコルセットでウエストを締めてたんだって」
「…………なんというか……『凄まじい』な」
「今もだよ? コルセット締めてるのは変わらないよ? みんな限界までウエスト締めてるよ。おしゃれと快適は同居しないの。素材が、金属からボーンになっただけ」
引き気味のエリックに平然と言いながら、ぱらりとめくる、資料のページ。出てきたのは『まるで鎧のそれ』を身に着けている女性の絵であった。
「ほら。ね?」
「…………」
そのゴツさを目の当たりにし、エリックはもちろん黙り込んだ。心にあるのは、畏怖のような驚きである。
彼はこれまで、スパイとして、または嗜みとして女性と夜を共にすることはあった。しかし皆、魅惑的なランジェリーを身に纏い、『お召し上がりください♡』状態で待っていたのだ。
────誰が、ドレスの下に、こんな重装備をしていると思うだろうか。
「…………」
(──確かに、ナガルガルド継承戦争のさらに前・ニルヴァンドールの時代、今より貴族の権力争いが激しかった。貴族の妻として、豪華絢爛に着飾るのが務めだとされていた時代はあったが……、それにしても……)
過去に気おされ、『これでは人形と変わらないだろ』と、複雑を培養するエリックの視界の隅で、ミリアの遠慮ない説明は続くのだ。
「金属のころに比べて、扱いが楽になったと思う。服飾講習会や勉強会の時に着たけど、全然違ったもん。暑い時に風を送るのにも便利だし~」
「………………」
言いながら、ぱたぱたと仰ぐ彼女に、ふと。
エリックは目を止めて黙り込んだ。
仰ぐ風。
ふんわりと巻き上がるミリアの髪。
悪戯になびく髪が、妙に目を引いて仕方ない。
いつもより露わになるミリアの輪郭や、少々気の抜いた表情に、なぜか。欲求と戦うような後ろめたさを感じたエリックが瞳を惑わせたとき。
それらを散らすように、ミリアはぱたりと手を止め彼を見つめ、言う。
「今は~、ドレスのスカート、ベル型とAラインが主流だけど。これからの傾向として、次はバッスル・スタイルが復刻しそうなの」
ぱらりぱらりと資料をめくり、目くばせ。
そんな彼女乗っかって、エリックも口を開いた。
「…………バッスル・スタイル?」
「えっとねー。腰? にボリュームが出るように、リボンとか・布でドレス自体を盛りながら、ドレスの中からも盛り上げるスタイルね。これ」
「……これ」
「ほら、腰がもこっとして、かわいい。おしり、ぽこって。もこってする。可愛い~~♡」
「…………?」
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