11-1「挿入ってる」


 ────一口ひとくちに『服』と言っても、全ての服が『見えている布』で出来ているわけではない。


 相棒、エリック・マーティンが口にした『ボーン』という素材の『使用例』を探して、ミリアは考え店内を見回した。



(……えーっと……ほんとに『骨』。だからピシッとしててほしいところに挿入はいってるんだけど……)



 声には出さずに胸の内。

 唇の下を人差し指の甲で抑えつつ、ぐるんぐるんと考える。



(…………えーっと 手ごろで……、すぐ出せて……、すぐ仕舞えるところに挿入はいってる……っていうと~……)

 


 コルセット・ドレスの前身ごろ・その他いろいろ。

 頭の中で思い浮かべてはNGを出しつつ、『適切なそれ』を探しだし────



「…………うーん、あ。」



 捕らえたのは、エリックの首元。第一ボタンと第二ボタンが外れているにも関わらず、キチンと立っている詰襟つめえりだった。



(みーつけった♪)

「──ねえ? ちょっと……、失礼?」

「え?」


 

 気が付いたように呟き微笑んで、ミリアは首筋に手を伸ばした。

 小さく目を見開くエリックに構いもせず、襟の内側を指でこすり縫い口を探し当てると、するりとそれを引き抜いた。


 指先でつまみ見せる、細長いサーベルのような薄さ・長さの『透明な板』に、驚くエリックにミリアは言う。



「────これ・・が、ボーン。襟芯えりしんバージョン」

「…………え、あ、……エリ、シン?」


「そ。こっちの言葉だと『カラーステイ』って言うよね。襟がちゃんと、かっこ良く張る・・ように、襟先が曲がったり、反り曲がったりしないように、中から支える骨でございます」


 言いながら、トントンと首筋を指すミリアに、エリックの手は自然と首のあたりへ。ボーンの抜かれた襟を触る彼は、虚を突かれたように小さく頷くと、



「…………あ、へえ」



 どことなく。ぎこちないまま相槌を打つエリックを尻目に、ミリアは彼のベストをまじまじと見ながら言葉を続ける。



「……それってお屋敷の支給服なんでしょ? やっぱり良いものでございますよね~。ボタンも貝だし、きちんと襟芯入ってるし。安いやつには入ってないから、絶対入ってると思っておりました」


「…………へえ、あー、そう、か。──紳士服に、使、……へえ……」

「──? なに? どうしたの?」


「…………いや? 別に、何も」



 なにやら反応が悪い。

(うん? なんかあった?)と首を捻るが、特に思い当たらない。

 そんな疑念を送る最中、エリックと言えばぎこちないのだ。バツの悪そうに首を振り、そわそわと首の裏を左手で掴み、「──コホン」と咳払い。



「────でも、ココは、あー……、紳士服は扱いが少ないよな?」

「実はこの子、紳士服より、女性の方が使われるのであります」


「……女性服の方に?」

「その通りなのであります」


「…………なあ。さっきから、……その。口調が、変じゃないか?」

「こういうモードなのでございます」



 エリックのたどたどしくもぎこちない問いかけを、すまし顔で受け流し。ミリアは『板状のボーン』を指先でつまみ、振りながら話を続けるのだ。



「この、ぴよびよ~! ばいんばいん! って『ボーン』ですね?」


「…………”びよびよ”…………」

「夏場の熱い時に扇としても使えるのでございますが、その真価を発揮するのが、ドレスでございまして」


「…………ドレス?」

「そう。クリノリンってわかる?」



 こくんと首をかしげる彼に、その指をピッ! と立て、ほほ笑んだ彼女は次に、カウンターの奥から分厚い資料を引っ張り出すと、ページを探しながら言う。



「『クリノリン』とは~。通称『ドレスの骨』・『履く鳥籠』とも言われまして、旧ラマ王時代やミンチョウ期のスタイルを支えてたの。あの時代って、貴婦人様のドレスがものすごくボリューミーだったらしいのね。で、そのボリュームを出すため……ううん、『足回り』を確保するために、ドレスの中に仕込んでいたのが『クリノリン』」



 言いながらミリアは、古ぼけた手書きの資料を開いて見せた。手あかのついた羊皮紙には、丸い鳥かごを腰につけた貴婦人の姿が記されている。



「形は、別名のまま。『丸い鳥かごの上に穴開けた様な形』でして」

「……えーと、待ってくれ。”足回り”?」

「あのね? スカートってね? 『長いものは特に』なんだけど、歩くと布が足の間に入り込んだり、邪魔したりするんだよね」



 言いながら指を指す。

 可愛らしくておしゃれな衣装は、時に歩行の邪魔もするのだ。



「ドレスなんかは布が多いから、足で巻き込んで転んだりするし、裾を踏んでつんのめったりして危ないの。だから、足回りは『空けておいた』わけ」



 トントンつんつんと『鳥かごの貴婦人』を指す。まるで100年前の貴婦人のように見える彼女から顔を上げ、ミリアはエリックに問いかけた。



「ドレスをお召しになられた貴婦人さまが、裾をたくし上げて歩かれる姿を拝見したことあるでしょう?」

「…………。…………あまり……」

「────あ。舞踏会でそれはやらないかな? 脚見えちゃうもんね~……」



 宙を仰いで考える。

 着付をし、歩き方を教える自分と、エルヴィス盟主の舞踏会の様子を見ているであろう彼。見ている世界が違うのだ。

 そもそも、貴族様・盟主様がいる舞踏会で、ドレススカートをたくし上げ歩く女性などいないだろう。


 それを念頭に置き、ミリアは言葉を続けた。



「とにかく、歩きづらいの。ふわふわひらひらゴージャスだけど、その分不便もあるのです」(……実際には、布を蹴り飛ばしながら歩かないとなドレスもあるし)。と、そこは秘密にしておくミリアの前で



「…………」

 エリックは────黙りこく・・・・っている・・・・



 ──その、『言いたいことを唇の裏に用意しておきながらも、出さない』ような顔つきに、ミリアは『スンッ』とすまし顔をかたどると

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る