11-6「修羅場の後」
それは、修羅場の最終日。
今日はオリオン盟主の舞踏会だ。
最後の
今まで作っていた笑顔もゲンナリと、滲み出る疲れを隠すこともなく。
少しばかりよろめいて、艶めいたカウンターに肘をつく。
「……や、やっと終わった……今日は寝れる、ちょー寝れる。明日と明後日休みだし、絶対昼過ぎまで寝る。何食べよう、あああー疲れたあぁぁぁぁ~〜……」
客商売というものは本当に気を使う。
今日のミリアは疲れがマックスであった。
思いっきり声に出して、両手で顔を覆いこすっては、よたよたと歩き、解放感に息をつく。本当ならこのまま倒れこんで眠りたい気分だが、そうも言っていられない。
完全猫背で、手を伸ばすのは窓際のロールカーテン。
明るい夕方を向こう側にしまい込んだ。
時刻はまだ16時。
通常ならば閉店前なのだが、今日はこのあと客がくることもない。予約着付けの客が
修羅場が過ぎ去った店内。
ミリアは、ガランとしながらも、ところどころに戦場の跡が残る作業場を見渡し────”ふうっ”。
「……はぁー、目まぐるしかった。スタイルアップとカウンセリングと別枠なんだけどなあ〜……でも『合わせてみたらこっちも欲しくなっちゃった』とか、よくある話だしね〜……迷うのはわかるんだけど、時間が押すのハラハラする~」
参った調子で肩を丸めるミリアの中、めぐるのは本日のお客様だ。
合わせたドレスに、煌めいていくお客様。
にこにことした笑顔。
そして、『どちらが似合うかしら』と、嬉しそうに悩む彼女たち──
────を、振り返り「……あ、ありがたいけど、早めに決めてくれ~はぁ~……」と、ヘタリ気味に呟いた。
『着付け師』・『ファッションカウンセラー』として、提案したものや、合わせたものに客の顔が華やぐのはとてもやりがいを感じるのだが、客の決定を待つまでの時間が軽く地獄なのである。
決定権はこちらにないし、時間は容赦なく過ぎていくし、次の時間は迫るし、あまり、余分な言葉も挟めない。
むしろ、下手を言えば客の機嫌が悪くなる。その場でキャンセル・トラブルに発展するなんて話も、他のドレッサーではよく出る話で、細心の気遣いが必要なのだ。
そうならぬよう。
毎回、毎回。
舞踏会当日、開演までの時間、現在の客の様子を見ながら話を進め、次の客の時間までを計算し、ドレスアップしていく。
脳みそはフル回転。
──当然、疲労も募る。
「……あまいの。それと肉。……とり。……とり食べたいいぃぃ……」
脳内でめぐる『ここ二週間』に、渇望の声をあげながら、ホウキを手にしてよれよれと歩き出す。正直片付けなど翌日に回したいが、これをやらねば終われない。
重くだるい体を引き摺りつつ、サッサと床を撫でるホウキの先。
毎日掃除しているというのに、舞い上がる僅かな埃と細やかな砂。
掃き出したチリは、糸の残骸などもまとまって、一箇所に集まっていく。
「…………」
手を動かしながら、ぼんやり[ここ二週間]を思い出す。突如「手伝う」と申し出たエリックの残像を、今の景色に重ねながら、彼女は安堵の息をついた。
(……ふう……エリックさんが居て助かった〜……まじでよかった〜……初めはどうなるかと思ったけど、あの人案外手先器用だった~……ボタンもつけられなかったとは思えない〜)
ほうきの先で集める修羅場のあと。
カラフルな糸くずと布が玉になる。
(……居なければ居ないでなんとかするけど、やっぱり男の人がいると違うなあ。 棚の上の糸取ってくれたりとか、一気に布運べたりとか、納品の運搬とか、椅子に乗らなくても届くとか、ほんと助かるぅ、ああいうの~)
心の中でしみじみと感謝を送る。
大人になり力もついたとは言え、男性と比べたらどうしても足りないし届かない。
物理的・腕力的にソレらを補ってくれた彼には、感謝の気持ちしかなかった。
────しかし。
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