11-7「修羅場のあとで、ミリアは」



「────『普段どうやって取ってるんだ?』て、やかましーわ。椅子使ってるの、椅子。届かないの、もうっ」 



 表情と声色まで真似しながら、想像のエリックに文句を言った。

 


 ──そう。これである。

 エリックという青年は『基本いいやつ』なのだが、なにかとあればいちいち揶揄からかってくるのが珠にキズだ。

 小馬鹿にすると言うか、からかって遊んでいると言うか。なんというか。平たく言えばムカつくのである。


 ミリアとて、彼とのスペックの違いは十分に実感している。

 からかわれても仕方ないほどできないことが多いし、張り合おうと思っても、優位を取れるのは仕事と魔法ぐらいで、他は全部負けている。

 ソレは認めるのだが、呆れながらも楽しそうに揶揄からかいやがるエリックに、全く腹が立たないと言えば嘘になる。


 それが『嫌い』だというわけではないし、ちょっとからかわれたり小ばかにされても、恥じらったり泣いたりするわけでもない。むしろ『言って来たら言い返す』の姿勢を貫き通しているのだが、最近はそれすらも楽しまれているような気さえする。

 


(────……ま〜〜ったくっ)



 ジト目で眉間に皺を寄せつつ、ミリアは少し前のエリックを思い出した。


 教えを乞う時や、オーナーに提案する時はとても好印象だったのに。物腰も柔らかく、好青年の笑顔でお伺いを立てる・・・・・・・様子だったのに。


 こっちに対してはまるでそのがない。



 相棒人形スフィーを見ては『話しかけてやらないのか?』とか。

 コサージュを持っては『君も頭につけたらいいんじゃないか?』とか。

 食事の時間に『今日はドライトマトじゃないんだな?』とか。



「ドライトマト食べたくない時もあるでしょ、もう!」



 思わず虚空に文句を言う。

 茶々を入れてくるあいつがムカつく。

 しかし、手が遅いわけでも仕事ができないわけでもないから、更にムカである。



(……どーも、わたしには意地悪い、あいつ!)



 ザッ! ザッ! と音を立て、脳裏に浮かんでしつこいエリックの、挑戦的な顔を掃き消しまくる。


 しかし、脳内エリックはしつこかった。

 『消しても消しても頭の中で挑発してくるあいつ』に、ミリアは顔を上げると、指の先で立てたホウキに眉をくねらせ問いかける。



「……オーナーやお客様には良い顔できるのにね? スネークさんにもコルトにも、わたしにも不愉快マックスだったよね? 最初に威嚇しなきゃいけないルールでもあるわけ? ねえ、あるわけ?」



 エリックに見立てたホウキは何も言わない。

 しかしミリアのぐるぐるは止まらないのだ。


 

 自分と出会った時。

 スネークギルド長に会った時。

 そして、コルトとすれ違った後の時。

 総じて彼は機嫌が悪かった。



 『エルヴィス盟主にお仕えしている従者』とは思えない突っかかり方で、警戒と棘だらけ。自分があのナンパとドンパチを始めようとしたのは注意されても仕方ないが、スネークギルド長とコルトに対しての警戒は意味不明である。



 ぶっちゃけ『そんなんでお屋敷仕事が務まるのか?』『友達いる?』と首を捻ってしまう。


 ミリアは『エルヴィス盟主』のことなど名前しか知らないが、『彼』が『旦那様』にお仕えしているところを想像し──ぼそり。



「あいつ絶対友達いないとおもう。仕事の仲間はいても友達いないやつだとおもう。で、エルヴィスさんももうちょっと教育したほうがいい。……いや、エルヴィスさんの前だと猫かぶってる系かな〜〜?」



 ──まさか、その本人が本人であるとは微塵も思わず。勝手に想像し、そして愚痴は溢れ出るのだ。



「そもそもね? 威嚇対象とそうじゃない線引きはどこになるのよ? 『男女の差』? いや? わたし女だけど?」


「あ、女扱いされてない系ね? まあ、いいんだけど? もういいんだけど? べっつに? それでいいんだけどぉお?」



 完全にむくれっつらで文句を言いまくる。

 見て来たもの・言ったこと・言われたこと・声色顔つきその他エトセトラ。総合して導き出した答えに息を巻き、ミリアはジト目で肩をすくめると、



「────ま。下手に女性扱いされるより、全然いいけどね。仕事しやすいし、ふつーでいられるし」



 ──そう、割り切るように言い切って、集めたゴミを”ざぁっ”とダストボックスに流し入れた。



 ──まあ、彼女とて、『女性扱い・姫扱い』して貰いたいわけでもない。


 そういう施しをされて有頂天になるタイプではないし、自分でやれることは自分でする性格である。むしろ、対等な人間として、下手に女扱いされないほうが都合が良かった。



 ……エリックからたまに出る『小言攻撃』に対しては、こっそり(親か?)と思っている節もあるのだが──それだけ・・・・で、彼との相棒を解消しようとは思わなかった。



 一人きりの仕事場。

 床を履き終えて、流れるように手を伸ばしたのは作業台の上。

 転がっているハサミ、糸、スケール。

 慣れた手つきで手に取り、固定の位置に戻し、ふと考える。



 ──中抜けで食事に行った日から、毎日毎日、彼と共におこなった、コサージュ作り。スパンコールやジュエリーの縫い付け。気が遠くなるような『ドレスの解縫かいほう作業』に図案通りの刺繍。


 はじめこそ戸惑っていたエリックだったが、仕事に打ち込む姿は真面目そのもので──、確かに意地悪ではあったが、同時に、

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