10-6「なんで怒ってるの?」




「っていうか、お皿、返しに? 使い捨てのお皿があればいいんだけどね~、そういうの無いじゃん?」

「…………なんで、?」

「へ?」




 『皿』に籠った圧力に声を上げる。



(──『なんで皿』と、いわれても……?)



 想定外の質問に、一瞬手を止め考えた。

 困惑である。

 


(──『なんで、皿』って…………?)

「………ごはん。つくったから……?」

「誰が?」


「わたし、が?」

「なんで?」


「────えっ? た、頼まれたから……?」

「……………… は ? 」



 じわじわと。

 あからさまに。

 『皿』のあたりから混じり始めた気迫。


 その気迫に動揺する。

 意図を汲もうと凝視する。



(んっ? んん?? えっ? 『なんで』って聞かれても、えっ?? 『皿がないから』としか答えようがないんだけど……??)

 


 と、首を捻るが、たぶんそれは返答として間違っている。

 そのまま答えたら怒られそうな気配がする。


 しかし『皿』の一言がきっかけでこうなっているのは間違いない。それらの情報を頼りに、ミリアは凝視し思考を巡らせるのだ。



(あれ? お皿貸したらいけないって条例あったっけ? 『他人の家と皿の共有はするべきではない』とか? でも、果実屋さんのおばちゃんよく皿ごと貸してくれるんだけど? ──────え??)



 思いをそのまま、混乱を全面に彼の目を見つめたが、視線が合わない。エリックは険しい顔つきのまま、どこかを睨むように見つめ黙り込んでいる。



(え?? ゑ??? わたし、おかしなこと言った? いや、おかしなことしてない、よね??)

 


 駄目だった。

 彼女にはわからなかった。

 コルトが駄弁だべっている最中に戻ってきた相棒。いきなり皿が気になっている様子の相棒。


 さっぱりわからない。

 おかしなことをしたつもりはない。


 しかしそんな彼女に、エリックは────腕を組み、鋭い目つきで彼女を射ると、怪訝けげんあらわに口を開いた。



「どうして彼がそんな依頼をするんだ。君は調理スタッフでも飲食店の店員でも、シェフでもないよな?」


「ないです?」

「……まして、ここは飲食店でもない」


「そ、そうだね?」

「デリバリーサービスでも始めたのか?」


「へっ? いや、違ウ。」

「────違う? じゃあ、どうして君が、彼に料理を作ったんだ」

「────えっ……」



 矢継ぎ早の質問に、困惑の中。

 迷い、ながらも、素直に答えた。

 



「ど、”どうして”って、あの~~~……、……ブーツのお礼に?」

「ブーツのお礼?」



 述べるのは、ただの真実。

 間髪入れずの問いかけに、深く頷き指を立て、ここ数日のあらましを述べる。



「そう。ブーツがね? 壊れちゃったの。コルトのとこ、革屋さんだから、『なおせる~?』って聞いたら『えぇ~』って言われたんだけど、コルトんとこ、ご両親が旅行で出かけてる最中でね? 『ご飯作るのめんどい~』って言うから、ご飯、一食作る代わりに直してもらったというわけ」

「…………」


「修理代の5000メイルが浮くなら安いもんじゃない? ご飯一食で済むんだよ?」



「………────まさか。[彼の家]で?」

「いやっ? うちで作ったの持ってった。一食作るも二食作るも大して変わらないし。コルトんとこ、食料空っぽって言うんだもん。うちで作ったほうが楽じゃない?」



「………………」

「…………まあ~…………言われてみればデリバリー……?」

「…………」




 『うーん』と体ごと傾げる自分の目の前で、エリックは無言だ。


 眉をひそめ、組んだ腕を解いたと思えば、拳を置き、難しい顔でだんまりを決め込んでいる。 


 その『研ぎ澄まされていく彫刻のような顔つき』を前に、ミリアは『うぅ〜ん』と胸の内で頬をかき、伺うように──聞いた。


 

「────で、あの────~……

 ………────なんで~────、

 怒ってるの?」

「………………」



 そろりそろりとした問いかけに、返ってきたのは『一瞥いちべつ』。わずかに首だけを振られ、彼が用意したのは、沈黙だ。


 ……こち、こち、こち、こち……



 壁掛け時計の音だけ響く中、ミリアの、不思議だと言わんばかりの雰囲気と、エリックの苛立ちをはらんだオーラが総合服飾工房オール・ドレッサービスティーを支配して────……

 


 その沈黙を破ったのは、エリックの、逃がすような息遣いだった。



「………………いや。…………[怒ってない]よ。驚いてはいるけれど。」

「おこってるようにしか見えないんだけど……」


「怒ってない」

(怒ってるじゃん)



 その、『あからさまな嘘』に、口には出さずに呟くミリア。


 エリックとは、短いながらもそれなりに会話を重ねているのだ。彼が今、抱いている感情が『怒りである』ことぐらい、さすがのミリアでもわかる。

  

 ミリア・リリ・マキシマムにとって、エリック・マーティンという男性は、『基本的に圧が強くて 何でも言ってくる人』だ。出会い際から不機嫌だったし、基本的には口うるさい。


 いきなり怒鳴ったり恫喝どうかつするようなことはないが、『ご機嫌』で居るよりも『呆れクール』でいる割合の方が強い印象だ。


 今までも、こちらに呆れたり眉をひそめることは多々あったのだが、こうも、[変なところに噛みついて]、[間に合わせの言葉でごまかそうとしている彼]は初めてだった。



(……なーんでそんなわかりやすいウソつくかな? 嘘、下手くそ過ぎ) 


 

 こっそりじっとり呟いて、そろりとコサージュに手を伸ばす。

 エリックのそれが嘘か誠か、流石のこちらもわかるというのに。


 

(……もう。な〜〜にを怒ってるのか、さ〜っぱりわからないけど。さっさと作業やらなきゃ。今日も残業になっちゃう)



 不満を心の中に転がして、腕を動かす。

 

 彼女からしたら『何を怒っているのかさっぱりわからないが、早めに機嫌何とかしてほしい』に尽きた。

 



 ──しかし。

 『構っていられない』と言わんばかりに手を動かし始めたミリアの態度は、エリックの中の消化不良を助けるのだ。



 腹の中。

 気に入らないを育てた彼は、長くだんまりを決めた後──”ひとつ”。



「────で。その……『ぷりん』も?」

「え? プリン? あ〜〜、うん。前の晩に作ったから、ついでに。」

 

「…………………………………………」

「なんでだまるの」


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