10-4「……なんで、【皿】?」




「…………ふあああ……、さーてと……!」



 時は8月。

 夏の太陽が西に傾き、空が紅色で染まる頃。

 修羅場のビスティー店内で、ミリアは大きく伸びをした。



(……息抜きも終わったし、コルトも帰ったし、仕事だ仕事っと!)



 心の中で呟きながら、背筋を伸ばして肩甲骨を動かすように腕を振る。山のような作業が待っているのだ。どんどんやらねば後がつらい。


 気持ちを入れ替えるように息を吐ききったミリアが考えるのは、これからの作業工程だ。


 人手が増えたとはいえ、時間をロスしたのは変わりない。むしろ、エリックの様子を見ながら仕事を振り、組み立てねばならないのだ。最悪、自分一人でこなすより時間がかかるかもしれないこの状況に、脳はフル回転だ。



(……えーと。まず先にドレスと同じテイストでコサージュを大量に作って……それからリメイクでしょ? シャルマンダさんは仕上げに煩いから早めに作るじゃん? メチルダ夫人は後回しでもOKだから、まず~~え~~~っとぉ……)



 山盛りのドレスを前に、口元に拳を当てて脳内工程を見積もるその後ろ。


 ────コツ・コツ。

 固めの靴音が、ビスティーに響いた。



(……エリックさんでもコサージュ作るぐらいはできるかな? ボタンつけ割と上手だったし、できないってことはなさそうだよね?)



 コツ・コツ。

 後ろの靴音をエリックに結び付け、ミリアは何気なく振り向くと、



「ねえ、エリックさん、とりあえずこのコサージュの縫い付けをお願いしたいんだけど、いいかな?」

「────それはいいけど。…………今のは・・・?」

「?」

(……”今の”?)



 言われて首を傾げた。

 エリックの口調は静か・・だが、どこか固い何かを含んでいる。

 そんな彼に、一瞬。ミリアは、手のひらに乗せたコサージュをひとつひとつ、丁寧にコサージュボックスに入れながら、何食わぬトーンで話し始める。


 

「ああ、コルト? 五軒先に『クロック・ワークス』ってお店があるんだけど、そこの息子さん」


「………………”コルト・クロック”」

「そうそう、よく知ってるね? そこの、コルトん。」

「…………」



 ピクリ。

 黙る口に反して、彼の目じりで筋肉が跳ねるが、ミリアの気には止まらない。


 二人だけになったビスティーの店内。

 素材状態のシルクを丁寧に丸めるミリアの前、エリックはカウンター越しに問いを投げた。



「……どうして彼がここに・・・・・・・・・? 今日は店を・・閉めている・・・・・はずだよな・・・・・?」


「ん?」

「────急ぎの依頼でも持ってきたのか?」


「……ううん? 遊びに来ただけ」

「…………”遊び”?」

「うん」



 エリックの声に混じる『鋭さ』に気がつくことなく頷くミリア。



 ミリアからすると、良くある話なのだ。


 このあたりは老舗が並ぶ商店街である。


 隣のクリーニング屋の店主がふらりとやってきては話をして行ったり、三軒先の果実店のおばさんが果物くだものを届けにきたりするのは日常茶飯事で、面倒な時など『うちの息子はどうかしら』などと言われることもある。繁忙期を迎える店舗の主人が『子供見てて!』と置いていくこともある。

 

 コルト・クロックもそうだ。

 だらりと現れては『めんどくせー』など愚痴をこぼしては去っていく。何をするわけでもなく、親父さんの愚痴とポテトフライについて話していく、いわば同志である。



 だから、エリックの質問は──端的に言って『なにが言いたいのかわからなかった』。



「っていうか、お皿、返しに? 使い捨てのお皿があればいいんだけどね~、そういうの無いじゃん?」

「…………なんで、?」

「へ?」

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