10-3「また、つくって」





「……あはははは! ちょっと、それはないでしょ!」

(……?)



 修羅場と相棒を予想して、そっと開けたドアの隙間。

 流れ出るように聞こえてきたのは、ミリアの陽気な笑い声。

 

 その、親し気で楽しそうな声に、エリックは目を見開き、相手を探した。しかし、青く暗い瞳がその姿を捕える前に、ダルそうな男の声は飛び込んできたのだ。



「…… だ ぁ っ て。『しめきりー! しめきりー!』う る っ せ ぇ ん だ も ん 」



 聞いたことのない、だらしない声。

 語る口調が馴れ馴れしい。

 

 無意識に目元に嫌気を集めて、彼は大きく扉を引き店内に足を踏み入れた。



 広がるんは見慣れた店内、カウンターの奥。

 背後で扉が音を立てる。

 やや大きく響かせたつもりのそれに、カウンターを挟んで談笑する二人がこちらを見、先に投げられたのは男のダルそうな声だった。



「……な あ 。 み っ ち ゃ ん 。おきゃくさん。きたっぽい」

(……────『みっちゃん・・・・・』?)



 ぴくんと跳ねる目じり。

 表層を走る不快。

 黙るエリックが見る世界で、ミリアと男の会話は展開していく。



「”おきゃくさん”? ……ああ〜、『お客さん』じゃないよ〜、でも、帰る?」


「あ ー …… 、 ん ー …… どーすっかな〜……」

「どーする~?」


「み っ ち ゃ ん 、 お れ、どぉしよ?」

「ふふ、それは自分で決めることでしょ~」



 クスクス笑うミリアの前を陣取って、やる気のない音を出す男のその、風貌。

 

 ひょろりとした長身。

 怠そうな猫背で、全体的に覇気がない。

 金の長い髪を縛りもせず、この街で暮らしているとは思えないほど服を着崩しているそいつは、心底興味の無さそうな蒼い瞳でエリックを一瞥いちべつし、目をそらした。


 視線が語る。

 ──『だれ こいつ』。



 ────そんな、静かな牽制を投げつけてきたそいつを視界の外に追いやって、静かに・・・声を投げた・・・・・




「……ミリア? そちらの方は?」

「あ、えーと」

 平静を装った声掛けに、ミリアの意識がこちらを向くが、


「み っ ち ゃ ん 。おれ |帰るわ〜」

 男の遮るような声かけが、彼女の視線を、意識を、さらっていく。



 ────気に食わない。



「あ、帰る?」

「 ん ー 。 ……おやじ 、 怒るし」


「あんまりお父さん怒らせちゃだめだよ~? わたしの言えることじゃないけど~」

「 へ へ 。みっちゃん、緩いよな~」

「………………」

 


 ああ、穏やかに見えるこの景色が気に食わない。

 シンプルにイラつく。

 理由も原因もわからず、内側なかに広がる不快が不愉快だ。




「みっちゃん、じゃあ ね────?」

「ああ、うん、ありがとね!」

「………………」



 興味の無さそうにカウンターを離れ、ひらひらだらりと手を振る男と、それに手を振るミリア。


 まるでこちらが部外者のような現状に、エリックが怪訝を育てる中。


 だらしない男はダルダルとこちらに歩み寄り、すれ違いざまに見下ろし、会釈すらせず、ミリアに言う。 



「…… あ 。 そう そう。 み っ ち ゃ ん。あれ、うま・かった」

(…………『美味かった・・・・・』?)


 

 ふんわりと鼻につくのは皮の臭い。

 自分より高いところから投げられた声が、さらに苛立ちを刺激する。

 ダルそうで、どうでもよさそうな、その口調が腹立たしい。


 しかし、ミリアとそいつは、こちらに構いもせず話を展開するのだ。

 


「あ、ほんと? よかった!」

「……ひひ。また つくって ?」

(…………──『つくる・・・』?)


 

 それは随分と大きく、エリックの神経に届いた。

 ──作るって、なにを?



「気に入ったー? いいよ~、お安い御用ですとも♪」

「おん。 みっちゃんのあれ まーーーじ うまい。 ぷりんってやつ。……へへ。おれ、あれ、好きだわ〜」

(……………………は?)



「美味しいでしょ? 味は自信ある!」

「まじうま。 やばい。 また・よろしく~」

「うん。道、気を付けて!」


「あ────〜い。ふぃるにんー」

「フィルニンー♪」



 かわされた挨拶。

 ギッと音を立てて閉まる扉。

 扉の向こうに消えた金髪男を目で追いかけた彼女は頬杖を突くと、苦笑気味に肩をすくめ、



「ふっふー。『親怒らせるな』とか、わたしの口から言いますか~」



 独り言のように零し、シルクに手を伸ばす彼女は気付いていない。

 甘い甘いプリンが今、密やかな火種を生んだことに。



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