9-12「基礎を押さえればなんとやら」
「[ウィンド]! タイプ サイクロン! エアーパックで~~~~!!
えーっとなんだっけ、[
(────? なんでそんな唱え方するんだ?)
刹那。
”その”。
たどたどしい
『
(──汎用性が高いとは言っていたけど、『
粉々になる花びらを見ながら、冷静に考える。
基礎は基礎のはずだ。
それはいかなる場合も《基礎》であるはずで、そこを崩して呼ぶということは『ミリアが相当できるのか』、『はたまたその逆か』である。
「ウォルタボール! はいぱーみっくす! みっくすみっくす! さいくろん!」
エリックの疑念を知る由もなく、平原に響くはミリアの声。
半分ヤケクソ。半分はノリノリで、粉々のフラワーソープが吹き乱れる風の球に、水を押し込み泡になる。
(────なるほど!)
それらを見て唐突に、彼は理解した。
『ミリアの言い方』そして『今までの彼女』が脳内を駆け巡る。
『古語が混じってるようなもの、どうやって理解しろというのか』
『えるびす、でぃん、おりおん』
『えーと、そういうやつ』
『えび、しゅ? でぅ?』
彼女と交わしてきた会話・コミュニケーションと。
今の唱え方から察するに、彼女は────!
(──『長めの単語が苦手』で、『古語ができない』!)
そう仮説立てるなら納得だ。
彼女の詠唱は、定型文もなにもないの単語の羅列だった。
14年も勉強して、どうしてその程度なのかと疑問も持つが、なら『きちんと提唱したら』どうなのだろう?
考え・構えるエリックの前、ミリアのバブルボールが育っていく。
威勢よく音をたて、真っ白な玉が急速に膨らみ、ミリアの姿を隠しきった時!
「ランドリーーーー! シーーーーープ!! くらえっ! 『泡もこもこ あたーーーーっくっ』!!」
────どっ!
しゅあああああっ! もあああああああああああああ!!
球から押し出された泡がエリックめがけて地を駆けた!
「ひっさーつ! 石鹸の無駄遣いっ!」
”にひひっ!”と笑う彼女。
しかし、エリックは怯まなかった。
素早くカードを引きぬき、口にするのは
「力をよこせ!
────パッ! ザアアアアア……!
「────ちょっと!? まだそれ教えてないのにっ!」
エリックのそれに、悲鳴に近い声が響いた。
思ったとおりである。
きちんと型を護り唱えたソレは、鋭利な風の盾となり、迫りくる泡の塊を横に横にと流していく。
(──なるほど、こういうことか……!)
イメージ通りに出てきた盾に心が弾む。
目に見える成功体験に、エリックは泡の向こうの彼女めがけて声を張った。
「────『古語』って言ってたよなっ? 要は古語で命令すればいいんだろう!?」
「くう……っ!? ムカつきます! そのハイスペック!」
(なんとなく、だけど……掴めてきたぞ!)
流れ切った泡の向こう。
ミリアの悔しそうな顔を目視して、エリックは、胸底から沸き上がる”高揚”に緩んだ唇に力を込めた。
ざっと読んだだけではわからなかったが、『魔道理論』の基礎は『理解し・強くイメージし・正しく呼ぶこと』。
それが掴めた今、気分は無敵だった。
「ハハっ! ミリア! 単語で唱える必要はないよな!?」
「文で言えたら苦労はなぁぁぁあい!」
愉快・得意気を孕んだ言葉に、返ってきたのはミリアの抗議の声だ。
彼女は詠唱もなしに術を放つ!
「
「────
────ぱっ……! どしゃああああああああああああ!!
(────これは……! 気持ちがいいな……!)
先ほどよりもスマートに。
かざした手の先、広がる鋭角な風の盾に、更に心が躍る。
剣や体術・槍も扱ってきたが、こんなにすぐには応えてなどくれなかった。
『新しい出会い』を実感して、エリックが湧き上がる歓喜を押さえつけるその向かい側で。不満を溜めまくるのはミリアである。
ミリアは腹の内の『ぷんすこ!』を前面に出したような顔で、びしっ! と彼を指さすと、
「加減しない! もー加減しない! キミが攻撃当てるまで、わたし全力で行くからねっ!」
「……………………っ!」
「ちょぉっとまって! なんでそこで黙るのっ! さっきの嬉しそうな顔どこ行った!?」
「…………い、いや!」
「ええい! [ウィンドボール]! アクト!」
瞬間的に焦るエリックを置き去りに、ミリアは勢いよくと手を開き掲げた。
綺麗に揃った指の先、シュルルルルルっと音を立て、風を圧縮し叩きつけるように振り下ろす!
「────
「
(────くっ……っ!! 間に合わない!)
ずずうううううん……!!
ずしっっとのしかかる風の玉に、エリックは思わず膝をつく。
(風、……だよな……!? 重っ……! 重すぎる……!!)
ずずんっ……!!
間に合わせの盾が押し戻される。
”空気に潰される”なんて考えたこともない。
この重さが理解できない。
苦悶と戸惑いに顔をゆがめるエリックに、ミリアは問答無用だ。腕を”ぐぐっ……!” と落としていく。
────”ぐっ”!
ずずずずずん……! みしっ……!
────”ぐっ”! ”ぐっ!”
ぼこっ! べこっ! めしめしっ……!!
(────くそ……っ!)
風の盾が押し負ける。
同じ属性の力がせめぎ合う音が、耳元でぎゅりぎゅりゴウゴウと五月蠅い。
(────どうする! このまま────)
みしっ! べこっ!
沈む足元。
余裕はない。
(もう一度、力を逃がっ!)
「────うわっ!?」
────ぱ・しゅんっ!
瞬間、エリックはバランスを崩し後ろ手をついた。
上から押し付けていたミリアの『風圧』が無くなったのだ。
反動で転がりそうになったところを、全身の筋肉と腕で耐えた──その時。
「あーもー! ガード技禁止っ!」
「はっ!? ちょっ!」
聞こえてきた彼女の声に顔を跳ね上げる。
しかしミリアはお構いなしだ。
慌てて立ち上がる彼をびしっ! と指さしながら、半切れ状態で言うのである。
「今から防御きんし! 攻撃しか認めないからっ!」
「──き……! 聞いてない!」
「今決めたっ!」
「ちょ、待ってくれ!」
「──── 一発当ててって言ったでしょ、おにーさんっ!?」
「ミリア! まっ」
「問答無用!」
────ドンッ! びしゃあ!!
体勢を立て直したのも束の間、静止の声を遮ってミリアの攻撃が足元を撃つ!
びしゃんばしゃんと音を立て、土に弾ける水球を避けながら、エリックは焦りを顕に呟いた。
(……”当てろ”って言われても……! ……何考えてるんだ! 俺はまだ、まともに操ることすらできないのに!)
焦りの中で愚痴る。いくら平気だと言われてもどうしてもできない。なぜなら、
(
そう。
彼にはできなかった。
たとえお遊びでも『”仕事を抜けて休憩中の女性”に、水や炎を当てる』なんてことは、貴族であり紳士である彼にとっては『あり得ない』のだ。
しかし、そんな気遣いなどつゆ知らず、魔法はガンガン飛んでくるのである。
────どんっ! びしゃぁっ!
降り注ぐ水と風の球を避けつつ、飛び散る土汚れを受けながら、迷う右手に力を籠めた。
(wind……? 風を使うか? けれど、あれだってうまく調節できるとは限らない……! 下手をすれば彼女の肌に傷を作ることになる!)
疾り、避けながら、想像してしまうのは『当たってしまった時の彼女』。
傷を負った痛そうな顔。
水浸しになり寒そうな顔。
土まみれになり汚れてしまった顔。
火傷の痕。
切り傷の痕。
(────どれもあまり見たくない!)
────しかし!
(──やらなきゃ許してもらえそうもない! なら────!)
そしてエリックは意を決めた!
勢い任せに引き抜き、言葉を発す!
「
──選んだのは”光”の魔法。
(光でこの場を乗り切────)
「────……っ!? 出ない!?」
「!?」
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