9-13「見た・見てない」



「────……っ!? 出ない!?」

「!?」



 何の反応もしないカードを前に、エリックは驚愕の声をあげた。

 条件は満たしているはずなのに、カードは沈黙のままうんともすんともしない。


 

(────えっ? ライトが出ない?)


 

 そんな状況に、ミリアもまともに驚いた。

 ひじを突き出すように構えた腕もそのまま、驚愕の眼差しを向ける。



 ──こんなことは、今まで見たことがない。



(えっ? えっ?? カードの魔力切れ? そんなことってある?)



 思わず打ち出す手を止めた時。


 ────シュ・ワンッ……!


 魔力が、地を走る音が響いた。


 ミリアの足元。

 光輝き 現れたは魔法陣。

 新緑の光は瞬く間に 彼女を中心に陣を描き


『────えっ?』



 戸惑いの彼らを置き去りに、印の結ばれた魔法陣は力を発し────


 ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅうううううううううう

 わあぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁっぁぁぁぁっ……!



 拭きあがる。

 彼女の足元・軽やかな風。

 

 揺れるレース・巻き上がるスカート。

 顕わになる脚。

 焼けぬ白いももが目を惹いて──



 …………ぽふっ。…………

『………………………………………………………………』


 風が収まった。

 スカートが大人しくなった。

 足が隠れてしまった。

 

 ────沈黙である。


 高速に瞬きをしながら固まるミリア。

 完全硬直するエリック。

 永遠にも似た沈黙を破ったのは、ミリアの真顔の問いかけだった。



「…………見たでしょ」

「────見てない」



 なにを・・・とは言わず。

 短い問答を交わす二人。


 真顔のミリア・リリ・マキシマムと。

 首は動かさず、目を閉じ答えるエリック・マーティン。


 先ほどまでの勢いを失ったように、すっと背筋を伸ばしてそこに佇むエリックをめがけて、ミリアはツカツカと音を立てて歩み寄り────



「…………見たよね?」

 怒ってもいない、恥ずかしがってもいないトーン表情で聞く。



「何の話?」

 それに応える。

 表情をなるべく殺し、平静に首を振る。



「見えたよね? いや、ワタシ怒らない。確認している。確認しているだけ。」

「だから……、何の話? ピンとこないんだから、見てないだろ?」


「いやいやいや、今の角度は完全に見えたじゃん!? だってスカートぶわあああって!」


「 見 て な い 」

「うっそだぁー! 嘘よくない! そういうのよくない! ワタシ怒ってない! 言うとい! そんなんで怒らないっ。」



 エリックは認めない。

 頑なに首を振り、組んだ腕に力を籠めて問いかける。



「……ミリア? ────俺が……────嘘つきに見える?」

「ちょお見える! 流し目してもダメ!」


「ひどいなぁ。君にうそをついたことなんてないのに」

「どこの口がそれ言うのかな!? っていうかわたし今日どんなの穿いてたっけ……!?」

「み、──────てないんだから。俺に聞かれても、ワカルわけないだろ?」




 あくまでも白を切る。

 貴族のプライドと尊厳をかけて白を切る。

 エリックはそういう男だった。


 ────しかし。


(…………緑だった。…………ヒモだった)



 唇を。

 内側に巻き込みつつ。

 ぐっと頬に力を入れ、リフレイン。



 ────白くしなやかな脚。

 薄緑のシルクレースにサイドのリボン。


 可愛らしくも、色っぽく、なにより──



(────《紐》。)

「ねえ絶対見えたと思うんだけど??」

「…………見てない。」

「見たよね?」

「見てない」


「顔赤くない?」

「赤くない」


「絶対見た!」

「見てない」


「見たでしょ!」

「見てない」



 シルクメイル地方・オリオン領西の端。

 ウエストエッジ郊外の『盟主の敷地』で。


 26才盟主と24才着付け師の、『見た見てない』をめぐる抗争は、もうしばらく続くのであった。




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