9-5「かっこいいを求められ、彼が放った一言は」





「────『勝鬨かちどきを上げよ!』」

「うおおおおおおおおおおおおおお!! 勝利じゃああああああああああああああ!!! ……──って。……しょーりのおたけびを上げてどうするというのか。」

「…………」



 ──黙った。真顔のツッコミが痛かった。

 晴れのオリオン平原にむなしい風が流れていく。

 かっこいいを意識するばかり、元の目的が消え失せたのだ。本末転倒である。


 エリックは痛烈を滲ませ瞼を閉じていた。


 嗚呼、何をしているのだろうか。

 組織の人間が見たら『ボス? 大丈夫ですか?』と真面目に聞いてくるであろう失態に言葉もない。『そもそも宗教めいた格好の良いセリフなんて俺の範囲外だ』と愚痴が出そうになるが、────『できません』などと言えるわけがない。


 その見目麗しい顔をさらに険しく尖らせ、彼はとにかく場を繋ぐ。



「──あー、わかってる。そういうのじゃないんだろ? 解っているさ。今のは冗談だ」

(…………絶対本気で言ってたよね……?)


「…………”かっこいい、かっこいい”……あー、大丈夫、ちゃんと出す。出すから」

(…………そこまで出ないもん…………?)


「──かっこ良ければ、いいんだろ?」

「うん」

 


 ミリアは頷いた。エリックは困っている。



「…………君が、その、言ったような?」

「──そう。わたしがいったよーなやつ。」



 ミリアは頷いた。エリックは困っている。



「わたしが、言った、よーな、やつ」

「………………」

(……顔あかいな〜。そんなに恥ずかしいもんかな?)



 ──と、能天気に疑問符を浮かべるミリアの前で。

 崖っぷちに追い詰められた盟主は、迷い・困惑を極めながらも言葉を放った。



「……………………………………………ち、」

(────ち??)


「……………………ちからを、………………よこ、せ、……………………   ぅぉる、た

「そぉんなんじゃ出ないよっ!」


「────ちっ……!『ちからヲ よこせ  うぉるた』」



 その、過信めいた・自意識過剰チックなフレーズに、エリックが頬を染めながらやけくそ気味の棒読みで『唱えた』時。

 

 ────しゅうううううう……! ぼやぁ……!


 カードが淡く光を放ち、ぼたんぼたんと水が溢れた。

 成功である。



(……よかった。出た)

「俺でも使えるみたいだな?」



 胸の中の安堵を軽口で包んで、ほっと余裕気味に呟く彼の、その隣から。



「────うそお!?」



 ミリアの素っ頓狂な声がその場を貫いた。

 驚くエリックの眼差しもそっちのけ。魔法の水でぬれた草に目をやり、がっくーんと膝を折る。


(しんじられない しんじられない しんじられない……!)



 ”ショック”。

 ────ショックである。

 


「…………うっそでしょ…………! ……ま、マジェラの血の意味……! 『みんぞくの いみ』とは……!」



 頭の中、《教え》がガラガラ崩れる音がする。

 ありえない。反則だ。

 今までさんざん『魔道・魔術はマジェラの民のため』『大魔導士様の血を引く子らよ』『偉大なる大魔道士さまの血を誇れ』と、教えられてきたのに。『マジェラ国民でもなんでもない異国の人間が”魔法”を呼ぶことができた』『ふふん、俺でも使えたみたいだ』なんて、ショック以外の何物でもない。


 

(────わ、わたしの24年間……! 生まれてからずっと教えられてきたものとは……!?)



 ──と。

 視界いっぱいの草から一転。ミリアは次の瞬間『ぴく!』っと背筋を伸ばし、混乱のまなざしで虚空を見つめ、



「────え? これ、ねえ? なに? どこに文句言ったらいいの? マジェラの教育機関が嘘ついてるの? 民族の意味とは? 血族の意味とは?? いままでのべんきょうとは? え?」

「……えーと、ミリア?」


 ぽそぽそ、ぶつぶつ。


 ──まるで幽霊がそこにいるかのように、虚空に語りかける彼女に──おずおずと声をかけるエリック。



 彼女をショックに突き落とした張本人は、今。気まずさと安堵が混ざりどうしようもなかった。


 魔法が現れたことは嬉しい限りだが、ミリアがここまでショックを受けるなんて微塵も予想していない。魔法が出なかった時の赤っ恥を回避した分、こんな場面のフォローにまわるなど想定外である。


 彼はこりこりと頬を掻き、覗き込むように”そぉーっと”ミリアの前に回り込むと、気遣いマックスで声をかける。



「…………ま、まあ、これ、子供でも使えるようにしてあるんだろ? ミリア、君の言うように、人間みんな、魔具が使える程度には、魔力が、その……宿っているんだろう? 驚くことでも、ないんじゃないか?」



 座る彼女に目線を合わせ、精一杯のフォローを述べる彼のリズムはたどたどしい。

しかしミリアは、びしっ! と彼を指差し言い放つ!




「…………わかったっ!! おじいさんがマジェラの民だったとかっ!?」

「────いや、えーと……父も祖父も曽祖父も、母も祖母もみなノースブルクの生まれだ」


「証拠はっ!」

「────家系図が残ってる。出自も記録されている」


「…………それが嘘かもしれない確率は!」

「……残念ながら。ほぼありえない」


「…………ええええええ〜〜〜〜、うそだぁ〜〜〜……?」



 へなへな…… ぺしょん……!



 あっさりと答えるエリックの前で、もう一度。

 青々とした草をぎゅうっと握りしめ、芝生の上に膝をつく彼女に、エリックは──困り果てていた。



(…………えーと。……困ったな)



 舌を巻く。

 どう言っていいのかわからない。


 通常なら、フォローの言葉などオリーブの油を鍋に注ぐがごとく滑らかに出てくるのに。がっくり項垂れる彼女を前に、適切な言葉が浮かばない。



(……こういう場合、できる方が何を言っても逆効果だからな……! ……慎重に言葉を選ばないと、さらに厄介なことになる……!)


 

 エリックは、まるで戦略会議に出るような表情で脳を回した。

 経験上、『教えてくれた人を追い越してしまった』場合のフォローをしくじると飛んでもないことになるのを、彼は知っていた。

 『年長者・経験者』のメンツを潰してしまうとそれ以上の報復を受けることになる。貴族の世界では多々起こる事案であり、それが引き金で戦争になったケースも少なくない。



(この場合は戦争にまで及ぶことはないだろうが……! しかし、関係は丁寧に継続していきたい。なにか、なにか打開策は……!)



 思案するエリックの視界のその中で、ミリアはというと、『……やってらんなーい、あ~~~』と全身でオーラを放ち、顔面の偏差値を下げるのみ。


 考えを巡らせるエリックと、放心するミリアの間を、しばし草原の風が吹き抜けて────



「…………あ」



 思い出したかのように声を上げたのはエリックだった。

 ミリアの視線がちらりと動く中、彼が素早く手を伸ばすのは、『ミリアから借りた簡易魔導書きょうかしょ』。


 先ほどざらっと目を通した際に見つけた一文を思い出し、それを探しながら言葉を紡ぐ。



「……ミリア? さっき、目を通した時に見えたんだけど。────ここ。読んでみてくれる?」

「……?」

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