9-4「ミリアのおねだりストロング♡」
──新しいものに触れる時。
それ相応の『準備』や『知識』は必要なものである。
ノースブルク諸侯同盟・オリオン領の西の端・ウエストエッジの郊外。
盟主でありスパイのエリックは、マジェラの魔道士ミリアに教えを乞い、マジェラの『魔法カード』を手に取った──その時。
「あ♪ ちょっと待って?」
ぱちんという手の音と、ミリアの悪戯っぽい声に、エリックの動きが止まる。
そこはかとなく漂った同情を無理やり切り替えた『行き場に』困り、ぎこちない色を見せるエリックが、彼女に視線を向けた先。
ミリアはニッコニコの笑顔で、頬の下で手を合わせると、
「あのね〜? 最初のうちは〜”コウルワーズ”っていうのを唱えるのが必要でございまして〜。構えて出す時に、決め
「────……はい? き、決め台詞?」
言われ、エリックは素っ頓狂な声を出した。
想定外のそれに混乱する。
まともに戸惑いを宿しながらも、彼の脳が弾き出したのは『契約時の彼女』だ。
あの時唱えていた『言葉』。
あれがそうだったのかと、思いひらめき言葉に出す。
「…………君がこの前、契約の時に使ったコトバの話?」
「違う違う、あれは雰囲気だってば。今必要なのは『決めゼリフ』!」
「…………それじゃない? ……『決め、台詞』?」
「そう! かっこいいやつ!」
「…………は?」
「かっこいいやつ!」
じとっと送る『疑問』にしかし、言葉はテンポ良く返ってきて、
(…………本当か?)
エリックは眉を顰めた。
──ミリアの言うことを疑い・背くわけではないが、どうも怪しいのである。
いきなり求められた『決め台詞』。
さっきの『思いついたような顔』。
そして今の──『とても楽しそうな笑顔』。
どう見ても、『今思いついちゃったえへへ』にしか見えない。
(……怪しいんだけど)
ジト目で呟く、猜疑心の強いエリック・マーティンは、何食わぬ顔で問いかけるのだ。
「…………じゃあ、この前の詠唱は? ”契約”の時の」
「あれはてきとう。ふんいきづくり。いくらわたしでも、光源魔法ぐらいノーコールで出せますし。」
ジトっとした問いかけにスパンと答えられ、色鮮やかに思い出すのは『契約時の彼女』。
────生き生きと。
こちらの手を握り光源魔法を操ったミリアと、それに呑まれ、圧倒された自分が蘇り────
「…………ってことは」
「そうです趣味です」
「…………」
皆まで言わせず答えられ、エリックは黙り込んだ。
『言葉がない』とはまさにこのことである。
感動にケチが付いたような気分だった。
あの時真に受け感動しただけに、やられた感に包まれて仕方ない。
──ミリア・リリ・マキシマムという人間が『空想の中を楽しんでいるところがある』のは十分知っている。だがしかし、自分の感動を『てきとう』で片づけられるのはいささか不服であった。
それを腹のうちに、エリックは不満を疑念に変えて彼女を見入ると、
「────確認するけど。本当に必要なんだな? 『決めゼリフ』」
「もちろんです!」
「本当に?」
「もう、ほんとだってば! 疑い深いなー! マジェラの人が言うんだから、必要でしょ?」
言いながら可愛らしく首を傾げ、こちらを見上げる彼女に向ける疑念の視線。やはりどうにも疑わしくて仕方ない。そんな視線の訴えに、ミリアは指をぴっと立て、ニコニコとほほ笑むと、
「──『言葉ある力汝を整え うつわ造り力を宿す』……って言うとおり、そういうのが必要なのです。例えば────!」
────ばッ!
「『────星よ! 我に力を! ウォルタ・フ・ウォーーーーーーーっルっ!』とか!」
「…………」
「『我に従え! 忘却の風! サイクロン・フォルゲーーーーーット!』とか♪」
「…………」
「『敬虔なる我がしもべ! 顕現せよ! フレイム・オブ・フラワー―――!』とか♡」
「………………………………本当に?」
「おおまじ」
渾身を見せたのにもかかわらず返ってきた疑念の声に、ミリアは眉をきりりと上げ、ド真剣な瞳でキッパリはっきり言い切った。
────もちろん嘘である。
カードを使う時にそんなルールはないし、言う者もいれば言わない者もいる。
そんなものは術者の裁量に任されており、そのようなルールはない。
完全にミリアの趣味で、地味な嫌がらせ。
先ほどエリックに言った『もっともらしい文言』は、彼女が好きな
────しかし。
(──おにーさん、魔術のこと知らないし。ふふ、ふふふふふふふふふふ)
と、内心ウキウキする。
これがマジェラの民ならこうはいかないが、相手は魔術のことなど魔法道具を介してしか見たことのないど素人。ちょっとしたことなら騙し放題である。
(今までさんざん生き恥晒しましたしね! さんざん! さんっっざん笑われたし!ちょこーっと仕返しですよ、エリックさんっ)
──と、沸き立つわくわくを閉じ込めて。
表面上『真面目と期待』を貫く彼女のその前で、堅物のエリックは────難しい顔つきで頭を垂れた。
「────”かっこいい”、かっこいい……、ね。…………あー、」
考えながら出す声に困惑が混ざりまくる。
頭の片隅で『こんなの求められたことないんだけど』と愚痴も出るが、それはさておきだ。必要だというのならせねばなるまい。彼女の言う”かっこいい台詞”を、言わねばなるまい。
────しかし。
(…………かっこいい……!?)
(…………かっこいい……!?)
(…………かっこ、いい……!?)
────彼は、エリック・マーティン。
並びにエルヴィス・ディン・オリオン。
そういう
本は読むし、学ぶのも好きだが、選ぶ書物はボキャブラリーやお笑い観劇・冒険譚などとは無縁の書物ばかりであり、ミリアの述べる『かっこいいセリフ』については範囲外だ。
(……先ほどのニュアンスからして、口説き文句を吐けというわけではないんだよな……? どちらかというと抽象的かつ宗教まがいのセリフ……だろう? ……”かっこいい”……、かっこいい……、『はばたけ』……、は違うよな……『吠えろ』……は、命令だろ? そもそもどこに何を吠えるのかわからないし、魔法は生き物じゃないよな……)
「おーーーい、おにーさーーーん」
ぐるぐる。ぶつぶつ。
考えるエリックに、ミリアの急かす声が降る。
エリックは、顔に深刻を乗せながらも彼女の様子を伺った。
捉えた世界の真ん中で、ミリアはじぃっとこちらを見つめて待っている。
その、期待を纏わせた様子に、エリックは迷いながらも言葉を放つ。
「……あー…………、……『ノースブルク諸侯同盟 条例 第一条』……」
「それは法律では?」
「……『騎士の心得 四十二箇条 八項』……」
「それは心得じゃん?」
「……………………」
苦し紛れの言葉を一刀両断されて黙り込んだ。
内心(格好いいだろう……!?)と思いもするのだが、的外れな自覚もあるため言い返せない。
ああ、刺さる視線が痛い。
しかし『かっこいい決め台詞』は出てこない。
(……かっこいい決めゼリフ……!? ”かっこいい”、”決めゼリフ”……!?)
(ふふふ♡ どんなの出てくるかな〜♪)
「…………”かっこいい、”かっこいい”……」
「かっこいいやつ♡」
「……………………っかっこ、いい……」
「かっこいいやつ♡!」
「…………!」
追い詰められてエリックは────浮かび上がった『 渾 身 』を放つ!
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