9-2「概念がわかっていれば、なんでもいいのです。」



 初めて目の当たりにした『魔法』に、エリックは驚きを隠せなかった。



「…………!」

「…………いやあの、そんな驚かなくても……。マジェラじゃ普通だし、ポンコツみたいなもんなんだから……」


「──いや、これは……! 放水魔具を見ているから解りはするが……! 目の当たりすると驚くものだな……!」

「んふふふ、これだけじゃまだまだデスよ♪」




 小手先の技術に驚き、若干『盟主の口調』がちらつくエリックを前に、ミリアは気分を良くしたようだ。得意げに『ふふん』と鼻を鳴らすとニコニコと指を立て、



「さっき説明した『魔力元素』はわかるよね?」

「──ファイアとか、ウォルタの話だろ? わかるよ」


「そうそう、それそれ。それを『呼ぶコールするだけ』じゃさっきみたいに”ぼたぼた”ってする。『そこに呼び出すだけ』だから、これじゃダメで。操るとなると、そこからさらに『形づけない』といけない」


「……形づける?」

「うん。ちょっと見ててね」



 オウム返しに聞くエリックに、先ほどより弾んだ声でミリアは”たたっ”と足早に距離をとり────そして────唱える!



「エレメンツ”ウォルタ”! タイプ ”ウォール”!」

 しゅわああああ……! たゆんっ!

 

 声と共に現れた、水の壁。

 地面から垂直に。

 ミリアの身長を優に超えるその壁は、たゆん・たぷんと水を湛え、そこに、きちんとそそり立ち────



「…………!」


 エリックがそれに驚き言葉を失うその前で、イキイキとした顔つきで、唱え、発する!



「タイプ アロー! 

 アクト  ────GOッ!」

 ────ゅんっ! ぱしぱしぱしっ!



 弾んだ彼女の声に呼応して、指の先から歪んだなにかが水の壁を突き、無数の水矢みずやが飛び出し、岩に当たってはじけ飛んだ!

 


「……あああ……♡ 久しぶりー♡」

「…………!」



  使った感覚・放出した魔力に、うっとりと快感に浸るミリアを前にエリックは、年甲斐もなく目を煌めかせ、言葉を失なっていた。

 彼女が呼び出し、操った魔術は、生活魔具では到底考えられない動きをしたからである。

 


(……凄いな……!)

 新しい技術・力に驚きと高揚でいっぱいのエリックに対し、ミリアはというと、


(はぁ〜〜……、気持ちいい……!)

 懐かしさと爽快感・そしてちょっとした優越感を噛み締める。

 


 ──ミリアは、勉強が嫌いだったとはいえ、魔法を操るのは嫌いじゃなかった。

 こちらに来てから魔力の使用を抑えているが、本来魔術で遊ぶのは大好きだ。


 水や風で手遊びは良くしたし、なにより──『溜まっているものを発散するような感覚』に頬がとろける。また、エリックが『正直言って子供騙しの技術』に驚くのも、気分が良かった。



 小手先の技術に驚く彼に『どんなもんだ』と腰に手を当て、ふふんとひと笑いすると、小首を傾げて堂々と



「────これが『魔術』だよっ。魔道の力を借り、呼び、あらわすだけじゃなくて『形を示して』『動きを命令する』。

 Elementエレメントの性質を理解して、組み合わせて、操って、『術』として扱う。ここまで出来てやっと『見習い』って感じっ」



 満足げに言う彼女は、流れるようにまたエリックに向かい直ると、


 ”…………すぅ………”


 ──纏う空気も神妙に。

 祈るように両手を”ぐっ……”と力強く合わせ────


 ────くんっ……!

 しゅるしゅるしゅる……!



 反動をつけ開いた手のひらのあいだ

 勢いよく渦を巻きながら現れた水流におくる、真剣な眼差し。

  

 彼女の掌の中、しゅるしゅるざばざばと音を立てるそれは、やがてくるくると大人しく廻り初め、徐々にたまの形を保ち────ふわふわと。



 『完全に制御された』とわかる形に落ち着いたそれを操りながら、ミリアは『教える』口調で語り出す。




「────……こうして、ね? 『呼んで』『形にして』『動かす』。『要素』に『定義』して『命令する』。慣れてきちゃえば、コールを短縮して出せるようになるの。 ──こーやって」



 言うミリアの目線に導かれ、エリックが水球に目を向けた直後。

 球が矢の形へと変化して、そして────放つ!



「────アクア・アロー!」

 ────っゆん!

 ぱしゅんっ!



 空気を割く音を立てながら飛んでいく水の矢は、二人の視界の先で、幹にぶつかり爆ぜる。”じわあぁ……”と染み込んでいく水音。『はぁ、しあわせ……!』と小さく漏れる彼女の声。



 そのさまをただ見ていたエリックは────水で濡れた木の幹に目を向け、疑問を、投げた。



「──”アクア”? ウォルタじゃなくて?」

「水っぽく概念がわかっていれば、なんでもいいのです。」



 その質問に、思わず表情を固めて答える。

(……そこ、すぐ聞いてくる? もお。)

 とぶすっとする。


 


 ──初心者のくせに切り替えが早いのである。

 ミリアがそこを『あれ?』と思ったのは、魔道を習って数年経ってからだというのに。



(…………ここは、もーちょっと驚いても良くない?)と、唇をわずかに尖らせつつ、(細かいなあ、もう)。それは唇の裏で閉じ込めた。


 正直、『どうしてウォルタじゃなくてアクアなのか』などと聞かれても困るのだ。

 ミリアはただ単に『習ったことを伝えているだけ』。

 その細かい構築ルールまで、知ったこっちゃなかった。


 ミリアがぼそっと、唇の裏で(だってそういう風に習ったんだもん)と呟く隣で、理性の男・エリックの質疑は続く。




「…………そういうものなのか? こういうモノの場合、きちんとした呼称があるものじゃないか? 『水』イコール『ウォルタ』なんだろ?」

「だって。『ウォルタ・アロー』じゃ、なんかカッコつかない。どうせならかっこいいほうがいいじゃん。適当に名前つけて楽しんでる人もいるもん」


適当でいい・・・・・?」

「『わかってれば』・『出れば』・それでいい」

「……ふぅーん……?」


「いい? 『要は』、ですよ? 術者が『概念』ってやつを理解していれば、なんでもいいわけ〜OK?」


「…………うーん……随分汎用性が高いというか、形式ばってないというか……」

「だからこそ『差』がでるんだよね〜」




 エリックの意識が微妙にそれたところで、ミリアは昔を思い起こしながら会話を流した。『エリックが細かいことを言い始める前に押し切ってしまえ作戦』である。


 頭の中で考えを整理するように頷くエリックのその前を、一歩・一歩と大きく歩幅を取りながら、ゆっくりと草を踏みしめ彼女は述べる。



「基本の構築式はあるから、それをもとに『正しく理解し・かつアレンジできる人』が強いの。料理と一緒。でも、料理より難しい。瞬間的に頭の回る人か、変人が強い」


 

 言いながら、思い浮かべるのは学生時代の事。

 やたらと魔術を操るのが巧かった、奇人や変人たちの事。


 ──それらを瞬間的に記憶のかなたにかき消して、ミリアは”すぅ!”と顔を上げ彼に目を投げると


 

「で! この組み合わせ方って、人によってホント様々でね〜?重ね掛けもできちゃったりするの。ちょっと見てて!」



 流れるようにそう言いうと、ミリアは素早く距離を取った。


 たたたたたっと音も軽やかに、数歩離れたその場所で。右手は腰に”ぐー”。

 左手は挨拶をするようにぱっと上げ、



「──まず! ”タイプ ボール”! ”エレメンツ ウォルタ”♪」



 声に応じてしゅるん! たゆんっ! と小さく音をたて

 ひらいた左の指の先、小さな水の球がひとつ。


 人差し指の上でくるくると浮きながら停滞・浮遊するそれに、エリックが再び目を奪われた時。


 ”ぐっ……!” と指に力を入れ、さらに唱える!



Re;pリプ! ウォルタ! ウォルタ! ウォルタ!」

 しゅるん! しゅるん! しゅるるんっ!



 声に呼応するように、5本の指の上に一つずつ。

 同じサイズの水の球が現れ、くるくると回り浮き────


 ふわり、ふわりと操る彼女に、言葉を無くした。

 魔導を知らぬ彼の目には、『完全に魔術を操る魔道士』に映ったのである。



 どうやって操っているかはわからないが、笑みを称える彼女は球から目を離すと、呆けて言葉もないエリックにゆっくりとした口調で述べる。



「──これ、少量の『ウォルタとボール』を『何回も出してる』感じ。これぐらいなら、わたしもできるんだけど」



 軽く言いながら、水を払うようにくうを切る。

 ────さっ! ぼたぼたっ!

 切った動きに合わせ指先で水が飛散し、ぽとぽとと音を立てながら足元の草を濡らすのを、視線で追いかけることもせず。ミリアは流れるように口を開けると、



「今、わかりやすく、ウォルタで回数を重ねたけど。これ、使えば使うほど、いろんなものを掛け合わせできるようになるの。ファイアとウィンドで炎の風柱を作ったり。ファイアを重ねまくって大きな火の玉にしたり。サンダラとウィンドを重ねて、嵐を作ったり」



 ──と、一息。



「……タイプを飛散させて広範囲に仕込んだり。ものすごーく遠くでも効くようにするとか。要素と要素を掛け合わせて強力な技を生み出したりとか。優秀な魔道士は、そういうのもやっちゃう」


「…………なんというか」

「自由な感じするでしょ? えーっとなんだっけ『乗算と加算が』……、んーと? ま、いいや。」

「…………」



「『構築式をどれだけ理解し扱えるか』がカギね? 一回に使う要素が増えれば増える分だけ、扱い難しくなるの」

「────……なるほどな。…………ミリア、君は?」

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