9-1「快感ご無沙汰アカデミー」





 ────広く澄んだ青空の下。

 オリオンの敷地内・草原の一画で、ミリアはエリックに『キリッ』と目を向け腰に拳を当てて言う。



 

「重ねて言うけど、絶対! ぜーーーったい、他のところで使っちゃダメだよ!?

 絶対ダメだからね!」

 



 まるで母親のような剣幕で言うミリア。

 それに対し、眉をくねらせ呆れがちに言うのは『エリック・マーティン』。本名『エルヴィス・ディン・オリオン』。このノースブルク諸侯同盟領の盟主で、事実上国のトップに立つ男だ。

 

 

「……やけに念を押すけど。俺ってそんなに信用ない?」


 

 ノースブルク諸侯同盟・オリオン領の西の端・ウエストエッジの郊外。今、まさに、国境を越えた魔法教育が行われようとしていた。


 『信用がないのか』と少々意地の悪い聞き方をするエリックだが、その問いには理由わけがある。彼の人生、ここまで念を押されたことなど一度もなかったのだ。


 昔から、勉学も体術も戦術も、できなかったことがない。

 教えられたことはすぐに飲み込めたし、理解もできた。教えている学者が調子に乗ってどんどん詰め込んでも、負けじと吸い込んできた。


 同年代の貴族の間でもリーダーであり、諜報機関ラジアルにおいても『釘は刺す方』『念は押す方』。


 なのにもかかわらず、今は『こう』である。

 知らないとはいえ『できない奴』の素振りを見せていない自信のあるエリックとしては、不服だ。



 ──しかしまあ、その内側で(……まあ確かに、魔術は勝手が違うのかもしれないけど?)と思いつつ、(そんなに下手そうに見えるのか?)。ふつふつと湧き出す疑念と不満。


 しかしミリアはいまだ緊張の面持ちを緩めていない。

 エリックは短く息を吐き出した。



「……君がいないところで試すようなことはしないし、魔術を使えたところで見せびらかすこともない。君が危惧しているのは、周りにバレることだろ? 使わなければバレないと思うけど」


「…………うーん。まあ……、周りに魔道士がいなければバレないと思う、けど」


「ああ、指輪か。……たしかに、これを見ればわかるよな」



 言われ、エリックは小指についたリングに目を落とした。彼の暗く青い瞳が捕らえた、小指で光る『ラウリング』は、マジェラ魔法教材『エレメンツカード』についている付属品だ。


 少し太めで。繊細な装飾の内側に、深く熱い黄昏たそがれ色の石を抱くそれは──『確かに』。マジェラの国民がみたら、一目瞭然だろう。 


 ノースブルク・ウエストエッジに『マジェラの魔道士』がうろついている可能性は0に近いが、現に彼女はここにいるのだ。全くのゼロではない。


 ──そしてミリアは『魔道士であることを伏せたい』のだ。

 そんな彼女からしたら、警戒するのは無理もないのかもしれない。

 


 そう推察を立て納得するエリックの前、ミリアは『ん〜』と困ったように眉を下げると、


「それもあるけど、『匂い』、するから〜……」

「──匂い?」


 指の背で鼻を擦りながら言う彼女に、エリックはおうむ返しに首を捻った。

 

 それは初耳である。

 生活魔具を取り扱い・使用する中で、エリックはそれらしい匂いは感じたことはない。炎が出ている熱や・水や風の感じはあるが『魔法道具に匂いがある』印象はなかった。


 しかし、ミリアはけろっとした顔つきで頷き指を立て、



「そう。魔法ってね、匂いがするんだよ? ファイアはファイアの匂いウォルタはウォルタの匂いがあるの。でも、普段魔法に触れてない人はわからないと思う。昔から刷り込まれた嗅覚だから」

「……へえ」



 言われ、指輪に視線を落とし、指輪を近づけスンスンと嗅いでみる。

 しかし、そこから何かが匂うことはなく────彼は素直に首を捻り自然とミリアに目を向けた。



「……俺には、わからないみたいだ」

「使った後はわかるよ〜、『魔道士なら』だけど。──ま、そういうわけで、前置きが長くてごめんね? 話を進めるっ!」



 流れるようにミリアは『ぱんっ!』と手を合わせカードを掴んだ。

 束でつかみ上げたそれを芝生に広げ、ザーッと目を配らせて1枚、ぴっと目の前に構えると、



「まずね、ざっと魔力元素エレメンツ名は覚えたよね? そしたら、こう。中指と薬指で、挟んで、かまえる」

「────こう?」



 ミリアの真似をして、中指と薬指でカードを挟んだ。

 動きとしては『ただカードを挟むだけ』。

 難しくもなんともないのだが、彼の口が、思ったことを口にする。



「……他の指じゃあダメなのか?」


「……あ〜……、さっき”癖なんだよね”って言ったじゃん?」

「──────中指と薬指の話? ………………もしかして」

「……そう、マジェラの民だからなの」



 答え、”すっ”と中指と薬指を綺麗に揃えた手を上げて見せる彼女。

 その指は、糸で括られたようにぴたりと張り付いており、伝わってくるのは『染みついた教育』だ。


 瞬間的にエリックは食堂・ポロネーズでの一幕を思い出す。

 『癖、かあ』と言いつつ、無理やり中指と人差し指を離したようなあの動き。


(……なるほど。意識しないと離せないぐらい、刷り込まれているのか……)


 と思考の隅で納得したエリックに対し、ミリアはその指を、開いた方の手で『ちょんちょん』と触れ、ゆったりと、瞼を閉じ────”紡ぎ出す”。


 


「『中の指は神の指 弱き指は神支え 印 結び・魔力宿す』って言われてて。現に魔法使う時は、中指と薬指くっつけてないと力が集まらないの。不思議だよね?」


 ──と、ひと笑い。


「学校行ったら徹底的に仕込まれるから意識してない時はずっとくっついてると思うー。……5年経っても治らないねぇ、このクセ〜」


「…………なるほど。鍵になる指で挟んで、条件を満たすのか……」

「…………頭いいよね、話が早いわ〜」



 少々情報を出せば理解を示すエリックに、ミリアは『楽だわ……』と呟きながら、ひといき。そして緩んだ雰囲気を払うように『すぅ!』と大きく息を吸い、張りのあるまなざしを彼に向け、



「挟めてさえいれば、構え方はなんでもいいよ。ぴっ! っと立てていてもいいし、指は曲げててもいい。こーやって」

 ────ぱんっ!

「手を合わせちゃう人もいる。とにかく『挟んで』『構えて』『う』。こんな感じ。────ウォルタ!」



 しゅわあああ……!


 いんの言葉とほぼ同時、カード前に現れた水の渦。

 かめ二杯分は有に超える水が、どしゃっと音を立てて地面にはじけ、染みていく。


 それに────エリックは、

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