9-3「落ちこぼれの色」




「────いや、えへへへ~……。わたしはお察しのトーリですね?」



 エリックの声かけに、帰ってきたのは『へらっ』とした誤魔化し笑い。

 苦々しく笑いながら、後ろ頭を掻く彼女から、自然とごまかしの色を含んだ笑いが漏れる。




「……その顔は、”あまり得意じゃなかった”?」

「ごめいさつ~。なんか上手くできなくて、途中で『無理!』ってなった」



 笑いを含みつつ、やわらかに問う彼に陽気に答えるミリアだが、彼女が滲ませているのは、どこか悩ましげで”諦めの色”。

 

 ──その、なんとも声の掛け難い顔つきに、エリックが一瞬、言葉に迷うのを置き去りにして。



 緑の芝生を背景に、彼女は耳の上を人差し指で掻きながら、困ったように肩をすくめ、零すのだ。



「────んー……『呼ぶ』のは割と簡単にできるんだけど、『形にして動かす』ときの構築式ロジックがさあ……


 この構築式ロジックが〜〜、…………計算とか精神力学とか…………、あと、自分のキャパの引き出し方なんかも混じってくるから、も〜計算が苦手だとココでつまづいちゃうんだよね〜……」



 軽いおどけ口調から見てとれる、彼女の学生時代。

 ”不適合だったの”と言わんばかりに自嘲気味な笑みを浮かべるミリアは、それを語る。



「……頭の中でね? 『要素と力関係を理解したうえで、自分の感覚と構築式ロジックを擦り合わせて操ることができてなんぼ』だから……要するに『総合力』なの。わたしは、その……構築式ロジックが、どーも感覚と噛み合わなくて。いつもダメダメだった〜」

「………………」



 言いながら、眉間に皺を寄せつつ唇を平たく伸ばし、困ったように『はぁっ』と肩をすくめる彼女に、エリックの中、今……返す言葉は見つからなかった。



 彼は今まで『できなかった』ことがない。できるまでやったし、物によってはそれほど練習も要らなかった。 


 ──”出来なかった”を、掬い上げることができない。

 

(…………『こういう時』。どう、言葉をかけたらいいんだ?)



 と、密かに悩む彼の前、ミリアは語る。

 昔を懐かしむように、自嘲気味の笑みに乗せながら。



「特に、炎と雷は本当にダメ。攻撃系が本当にダメ。高位エレメンツの『闇』なんて力を借りることすらできなくて。あれ、生まれ持った素養が必要なんだって。なんか? ご加護の属性が合わないばあい? 絶対扱えないとかなんとか? 学校に来た選定士に言われたもん。素質ないんだ。残念ながら」

「…………そう、か」



 彼女の言い分に、エリックの中、生まれたのは『同情のような共感』だった。

 単に、ミリアは勉強が嫌いなのだと思っていた。


 しかし、彼女は彼女なりに、挫折したのにはそれなりの理由があると理解したのである。


 ──しかし、それを労うことが──できない。


 今まで散々吐いてきた『その場凌ぎの薄っぺらい同意や労い』が。────今、この場で出てこない。


 『できないこともあるさ』『そんなことはない』



 ──思いつく言葉のどれも、自分が今言うべきモノでは無い気がして、黙るエリックのその前で、彼女は『パン!』と手を叩く。



「────そ。まあとりあえず、 実 践 !」

「え?」

「はい、やってみてどーぞ!」



 ハキハキ言われ、素早く瞳を迷わせた。


(──いや、今そんな雰囲気だったか?)という戸惑いと、

(ちょっとまて、いきなり?)が交錯し、少々感情の処理が追いつかないエリックの前、ミリアは『さあこい!』と言わんばかりに、眼差しを送りそこで待っている。


 

「…………〜……」

「さあさあ!」

「…………っ」

「さあ!」

(…………まったく、切り替わりの早さだけは、本当に凄いな……見習いたいよ)



 ────変わらぬ彼女に、諦め口調で呟いて。

 彼は『ウォルタ』のカードを手に取り、指で挟んだ。

 ────そして。



(────名を呼ぶ……!)

 ────ぱちんっ。




 意気込んだ瞬間、手を叩かれて。

『うん?』と顔を向けるエリックの視線の先、あったのは『ミリアの悪戯っぽい笑顔』。

 瞬間目を見開く彼に、ミリアは笑う。

 


「────あのね? じつはぁ〜

 ────────♡♡♡」 

「────は、はいっ?」



 魔道士ミリアから出たその文言は、エリックを、またも。

 戸惑いの中へと突き落としたのであった。












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