8-14「結婚と書いて虚無と読む」




「だからね? こっちに来て、なおさら思ったの。『家を大事にする』なら結婚はわかる。でも、マジェラの場合わからない。『別に、契約しなくてもよくない?』って

。『個人同士で縛る必要、なくない?』って」


「…………『縛る必要』……か」



 『心底わからない』と草を放る彼女に、エリックは目線を落とし呟いた。

 (その考えはなかった)、(確かに、それもそうだ)と思いながら。


 彼にとって結婚とは『いずれ、しなければならないもの』だ。

 『家を存続させるため』・『土地を、領地を守るため』。


 貴族であり盟主の彼には、生まれ落ちたその日から課せられた『責務』であり、こなさなければならない『義務』。それを面倒だと思い考えたことはあったが『その制度が必要かどうか』までは、考えたことがなかった。

 


 しかしミリアは平然とそれを口にした。

 国が違う。

 育ってきた環境が違う。

 考え方も、違う。

 だからこのような意見が出るのだと、妙に納得しながら



(……ドニスで一夫多妻制が認められているのなら……まあ、確かにそうだよな)

 


 ぽそりと胸の内。

 ずらりと並んだ『ドニス王の妻と子どもたち』を想像し、諦めの息をはく。


 決してドニスの婚姻制度の在り方をよしとするわけでも、羨ましいと思うわけでもないが、ミリアの言う『縛る必要があるか無いか』で言えば、こちらの在り方より随分とゆとりがある制度であることは間違いない。



(────いいとは思わないけど。何人も相手にするなんて面倒だ)



 そう一蹴し、続けて彼は、足元の草を眺めつつ、不意に出てきた疑問をそのまま口にした。相棒のミリアに向かって、なんとなしに。



「……なあ。種族の繁栄の他に、何か理由があるとしたらなんだと思う?」



 ぼんやりと出たそれを投げる。

 齢26にもなってこんなことを考えるなんて馬鹿なのか、とも考えが過るが、この年齢だからこそ『根本ねもと』に疑問を持つこともあるのだ。


 『ここでそれを言っても仕方ない』と思いはしつつ、出た問いかけに返ってきたのは、確認の声色だった。



「ん?? どーいうこと?」

「────’婚姻”というものがいにしえより”契約”として成り立っている理由だよ。一夫多妻制の国もあるのに、他のパートナーを持つことを許さない国の方が多いよな? なぜだと思う?」


「………………。……トラブルになるから?」

「────まあ、そこだよな」



 ミリアのひねりも何もない返しに、エリックはため息交じりで投げやりに答えた。


 ミリアが悪いわけじゃない。

 『『わかりきったこと』に対して、なにを馬鹿な問いかけを』が本音であった。


 国内外を含め、婚姻に至るまでがどうだろうが、浮気や不倫、愛情に対する裏切りが大事おおごとになるなど、大昔からあることだ。


 『当たり前』『定石』『今更問い考えることもない』。

 『なのに』。


 溜めていた疑問は、彼の口を突いて出る。

 頭の片隅、冷静な自分を押しのけるように。

 ずっと、人には見せず、溜めながらも抱えてきた本心が、冷めた口調と共に、口から滑り出す。



「……『嫉妬』とか、『痴情のもつれ』とか。確かに耳にはするけれど……『ひとりの人間相手にそこまで感情を動かせる』というのも、凄いことだよな」

「おやぁ。割とドライ?」

「……まあね。そうかもしれない」



 溢し、短く息。

 『かもしれない』と誤魔化したが、図星だ。

 ドライどころか、その執念・執着は、もはや遠い別の世界のようで──どんどん気持ちが冷めていく。



「……物や人を大切に扱う気持ちはわかるが、トラブルになるほど執着するのは違うと思わないか? 恋人であっても『一人の人間』だろ? 『物』じゃない」



 首を振りながら、呆れ混じりの拳で突く頬杖。


 他者の恋愛観・痴情のもつれ・よく聞く恋愛妄想物語────



 ────ああ、解らない。

 好きになったからなんなのか。

 愛情とは、好意とは、そこまで人を暴走させるものなのか。

 自分でコントロールできるものではないのか。


 ミリアの言う通り『契約』をしなければならないようなものなのか。それは、相手と自分の信頼関係がないからなのではないのか。縛る必要があるのだろうか。


 ──────そもそも。

 


「…………その『恋人』や『想い人』が『自分のものじゃなくなるかもしれない』・『盗られてしまうかもしれない』と感じた時。幼い子供のように駄々をこねたり怒りをぶつけるというのが……、俺にはわからない。どうしてそこまで感情を動かせるのか、疑問で仕方ない」


「そう思うじゃーん……? でもね、世の中そうでもないみたいなんだよねー?」

「────へえ……? どういうことだろう?」



 その。

 ミリアから漏れた一言は、冷めたエリックの思考を瞬時に切り替えた。


 『理解できないことに対する愚痴をこぼすエリック』ではなく、『盟主に仕える使用人と偽って、相棒に成り得たスパイ』に変貌し、表情をくるりと一変。

 エリックはミリアに煽るような笑顔を向けると、悪戯に問いかける。



わからないんだけど・・・・・・・・・。教えてくれるのかな?」

「……なにを?」


「『幼い感情に振り回された末、嫉妬と愛にまみれてしまった奴らの醜聞しゅうぶん』とか。『決して口外できない貴族の闇』とか?」

「…………聞いてどーするのそんなん……」



 冗談交じりの煽り文句に、返ってきたのはジト目でやる気のない声だった。

 その口調で分かる。

 今の自分が失敗の手を打ったこと。


 これ以上愚痴をこぼし・やさぐれたくない意識と、妙なプライドがエリックの素直を邪魔したのだ。しかしそれに気づかぬエリックは────隣で『はふ……』と息つく彼女に、ひとつ。


 笑いながら真剣に、フォローを入れる。



「────ごめん。けれど、今はとにかく、何が手がかりになるかわからないから。それらしい情報があるなら聞いておきたいんだ」

「毛皮に関係あるようなことでしょ? あったらとっくに話してます~。思い出しても話してます~。残念ながらないのです~。」


 

 言いながら口を尖らせる彼女は、心底うんざりとした顔つき態度でエリックに目配せをした。そんな表情に、一瞬。エリックが気まずさを覚える中、ミリアは虚空に向かってこぼし出す。




「……それに、あんな不満まみれの呪詛なんて聞いても面白くないよ? 毛皮の値段との関係もなさそーだし。」

「…………君の苦労に労いを送るよ」

「それはどーもありがとうざんす~」



 気の無い返事で息をつく彼女。

 手の先でくるくるともてあそぶカードを横目に、エリックはふと、考えていた。


 『制度が要らないと思う』。

 『もめごとなんて起こるぐらいなら』。

 『でも、子どもの健やかな成長という観点から見るなら~』──と話したミリアだが、しかし、どんなものにも理想というものはあるだろう。


 ──『結婚はしなければならないモノ』のエリックにとっては、冷めたものでしかないが、────ミリアにとっては?



「…………なあ。君の理想は?」

「ん?」



 突いた言葉をそのまま出していた。

 丸いハニーブラウンの瞳を、まっすぐに捕らえて。



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