8-13「契約しなくてもよくない?」



 はぁぁぁああああぁぁぁ〜……

 数秒の停止の後。

 ミリアから漏れたのは、感嘆の域だった。



 オリオン平原・石のそば。

 晴れやかな草原を背景に、彼女は”ぱっ!”と顔を上げ、苦笑いを浮かべると

 


「いや────。おにーさんの言ってたこと、マジだなーっておもってさー」

「……言っていたこと? さっきの、成功体験の話?」



 連鎖的に出てきた話題を繰り返す。

 『成功体験をさせることによって自ら学ばせるようにしたのではないか』と憶測を口にした記憶を掘り返すエリックの前、ミリアはこくこく頷き続きを語るのだ。



「そーそー。習ってるうちは全然考えなかったけど、言われてみればそうだなーって。カード使えば、どれだけポンコツでも感覚は掴めるもん。感覚掴めばなんとか真似できるようになるんだもん。…………マジェラの教育ってよくできてるわー……」

「…………」



 うんうんと頷きながらしげしげとカードを見つめ、『はぁ、』と息吐く彼女の横顔をみながら。エリックの脳内、ふと浮かんだのは、キャロラインの言葉だった。

 

 『マジェラは婚姻率が良いようね』

 『そういう国を見習っていきたいものだわ』



「…………」



 マジェラという異国の教育システムを目の当たりにしたからだろうか。それとも、ふるさとの制度に息つく彼女の雰囲気がそうさせたのだろうか。


 エリック──いや、エルヴィスの脳裏にそれらが蘇り、”なんとなく”。盟主として、スパイとして、屋敷の使用人として、彼女に投げかけていた。



「──そういえば、マジェラは婚姻率がいいんだってな」

「んっ? どこで聞いたの、それ」


「旦那様から。『マジェラは成功しているのか、秘訣を教えてもらいたいものだ』って」

「エルヴィスさんが?」

「────そう」

「…………」



 問いかけにひとつ頷くエリックは、いつになく真面目な面持ちで──彼女は思わず黙って見つめた。


 視線の先で息をつく黒髪癖毛のエリックに宿るのは、少々疲れが見える色。

 浮かない顔の彼に、しかしミリアは僅かに首を捻り考える。



(……外から見たらそーかもしれないけど……?)

「うーん……? 成功っていうのかなあ……?」

 


 言いながら思い描くのは、故郷の事情だ。

 『エルヴィス盟主が何を聞いたか』ミリアには想像もつかないが、『マジェラが成功している』と言われれば甚だ疑問だった。



「……うーん、まあ? 子どもの数が減ってないっていう面を見れば、そうかもしれない?」

 


 頭の中、ウエストエッジで見かける子どもの数と、故郷で走り回っている子どもの数を思い浮かべて頭をかしげる。


 マジェラが『日中は子どもがにぎやか』なのに対し、確かにウエストエッジは子どもの声がしない。彼女がそれらに気づいた時は”はっ”としたものだが、それはそれで『おだやか』な日常だと感じたし、第一『数が多ければいい』という問題でもない。


 マジェラはひそかに、人口が多めだからこそ出てくる『不漁による食糧難』など問題として抱えているのだが、恐らくそこは今の話の焦点ではないだろう。


 それらも含め、ぐる────っと頭の中で考えて。

 ミリアは、ぱっと弾かれたようにエリックに顔を向ける。



「──でも、こっちみたいに最後まで添い遂げるって感じじゃないよ? マジェラって」

「そうなのか?」

「そう」


 

 『意外』を纏って上がった彼の顔。ミリアはそのまま言葉を続けた。



「そもそも『民族としての繁栄』が根本にあって、結婚相手が生涯の相手とは限らない、というか。『血さえ絶やさなければいい』みたいな。そーいうとこある、マジェラって。」



 話ながら思い返すは、マジェラの内情だ。

 一度結婚し夫婦になるまでは慎重だが、そこを超えてしまえばくっついたり離れたりしているカップルも多い。それを、果たして『成功』と言えるのだろうか。



「────んまあ、結婚した相手にもよるのかな? 最後まで添い遂げるカップルもいるし。でも、わたしはその価値観もよくわからなくてさ~」

「? どういうこと?」

「”民族として残ればいい”ってやつ」



 問われ、ミリアは肩をすくめて手を開く。

 いつの間にか草の上。カードを挟んで向かい合わせで、座り、話し込む二人。

 彼の黒髪と、彼女の茶髪のはるか上、青く広がる空に雲がゆっくりと流れゆく中、彼女は続けた。


 足元の草を引っ張り、千切りながら。



「んー、その考えはもっともだよ。大魔道士さまの教えだしね、それは、そう。わたしもそう教えられてきたし、そうだと思ってた。…………だけど、”種族として残るために結婚して産み増やす”のが目的なら、『結婚なんて制度いらないでしょ』って思うわけ」


「…………『制度が要らない』?」

「そう。結婚した後どうせ別のパートナーを探すんなら、契約なんていらないよね? 『『子どもの健やかな成長』ってとこで見れば、夫婦でいた方が良いのかも?』と思うけど、そんなの家庭に寄るしさあ」


「……うん」

「──っていうかそもそも、『結婚・婚姻』って契約制度がなければ起こらない争いや制約もあるわけで? うーん」



 言いながら、ぷちんぷちん。

 足元の草が短く千切られ、緑の中に消えていく。



「……随分と家庭の環境も違うんだな」

「こっちの人には考えられないよね~。離縁したなんて聞いたこと無いもんね~」



 ぷちんぷちん。

 手持ち無沙汰なそれが、青芝の丈を整える。



「だからね? こっちに来て、なおさら思ったの。『家を大事にする』なら結婚はわかる。でも、マジェラの場合わからない。『別に、契約しなくてもよくない?』って

。『個人同士で縛る必要、なくない?』って」


「…………『縛る必要』……か」


 


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