8-15「病める時も、健やかなるときも?」



 それは、『ただの興味』。

 『調査』として聞いたわけでもなく、『流れ出た世話ばなし』。 



「────君の理想だよ。職業柄、いろいろ見聞きしていると思うけど『結婚』というものをどう考えているんだ?」



 オリオン家の敷地内。

 平原の岩に腰かけて、エリックは隣のミリアに問いかけていた。


 別に、なんというわけでもない。

 先ほどまでに『マジェラの結婚観におけるミリアの考え』は聞いたが、それはどれも懐疑的なものだった。

 

 年頃の男女間で『結婚をどう考えているか』など、出すのに勇気がいる話題だ。

 彼は今まで、それについて真面目に話し合ったこともないし理想を語ったこともない。


 ────しかし、何も考えずにただ投げ出てしまった質問は、ミリアにそのまま届いた。彼女は特に警戒を滲ませることもなく、自然と首を傾げ話し出す。



「────”どう”、って────……、うーん、わかんないな〜」

「”わからない”?」

「ん、わかんない」



 軽く答えた彼女はそらを仰いだ。


 ハニーブラウンの瞳に昼下がりの青を映し、青芝を撫でる風が髪を揺らす中。ミリアは軽く髪を横に流し、手櫛を通しながら、ぼそぼそと答えた。



「……なるようになるんだろうけど、想像できないっていうか」



 紡ぐ声は歯切れが悪い。

 ミリアが結婚それに対して明るい展望を持っていないのは明らかであった。


 彼女は続ける。



「結婚できると思ってないからかな? 困ってないし。仕事楽しいし。自分の時間やお金を費やしてまで一緒にいたいと思える人が現れるのか、疑問というか……想像できない。っていうか居ない気がする」

「────『居ない気がする』?」

「うん、そう。いない気がする」



 繰り返しの問いに、こくんと頷く。

 その表情には寂しさなどかけらもなく、ミリアはただ淡々と言うのだ。



「居ないと思う。特に不便してないし。常に人と一緒にいたいっていうタイプでもないし~」

「…………ああ、わかるな。俺と同じだ」

「お、マジですか」



 ミリアの口から出たそれに、エリックは意識せず同意していた。

 自然と声が柔らかくなる。

 ミリアへの同調と、結婚へのやさぐれが混ざり合い、今まで述べたことのない本音は──彼の口から溢れ出していく。



「……一人の方が楽」

「わかる!」


「……移動するのにも気を使わなくていいし?」

「それね!」


「……誰かと一緒じゃないと行動できないわけでもない」

「わぁかぁるぅ!」


「むしろ、自由だと、解放的だと感じることすらある」

「超わかる!!」


 ──フフ……っ



 テンポのいい同意に、思わずエリックは笑いをこぼしていた。

 婚姻の話や価値観でここまで同意を得たのは初めてだ。

 あからさまにヤサグレを帯びた溜息までついたのに、彼女は否定しなかった。


 ────ああ、心が軽い。


 今まで、それらの話に対して少しでも懸念を見せれば『しかし、オリオンを絶やすわけにはいきません』と言われるのが常だった。『好意』や『愛情』を持てない──いや、持ってはいけないと考えている自分を、否定するかのような返事が普通だったのに。



 正体の知らぬミリアが、簡単におこなった・・・・・・・・その同意は、スパイとして・貴族として・『同意を武器』として使ってきたエリックの素直を揺さぶり引き出した。


 言葉に、声に『困ってる』と『わかってくれる?』を乗せ、まるで旧友に零すようにこぼし始めた。



「────……そう思うと……さ。責務だということはわかっているけど、気が乗らないというか。婚姻を結ぶということは『一緒にいなくちゃいけない』ってことだろ? ”病めるときも、健やかなるときも”? …………気構えとしてはわかるけれど、実際、気持ちがないとキツいよな、って」

「わーかーるー。それねー」



 『……はあ、』とした溜息と、下がる眉が心地いい。

 眉を曲げ、苦笑いを宿して口が走る。


 ──『どうせこんなもんだ』・『むしろ迷惑でしかない』も乗せて。



「仮に気持ちが芽生えたとして? それが続くかどうかも疑問だし。相手の気持ちと、こちらの気持ちが同等だとも限らない」

「それ。ほんとそれ。ほんとそれね」


「……こちらとしては割り切ったほうが楽だけど? あちらが『そのままで居られる』とも限らないし?」

「うんうん、わかる。わかるよ~……」

『────はあ…………』



 そして、二人そろって息をついた。 

 互いに年頃の男女二人、抱え悩むことは同じ。

 理解から始まった愚痴がもたらしたのは、『すっかりとしたげんなりムード』。雰囲気は完全に『酒場の隅で結婚に対してぐだぐだ言ってる男女』だ。

 囲むテーブルもグラスもないが、食べ終えた豆と鳥の串があってもおかしくない。


 頬を両頬で支えながら、愁いの溜息をつくミリアを隣に、エリックは深い深い息をつき──広がるオリオン平原を眺めた。

 

 吹き抜ける風・揺れる草原。

 開放的な景色に、──ひとつ。

 


「────けれど、もし」



 ────静かに。ゆっくりと。

 が言葉にするのは『心の奥』。



「…………『俺』を求め、望んでくれる相手がいたとしたら……。……『大切にする』。命を懸けてでも、護るよ」


 

 ────叶わぬであろう願望を、祈るように溢した。

 その限りなく黒く青い瞳に、諦めを宿して。




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