8-16「”『俺』を求め、望んでくれる相手がいたとしたら”」


 



「…………『大切にする』。命を懸けてでも、護るよ」



 ────叶わなくとも。

 《秘めるだけなら良いだろう》?




※※




「────でも、そんな相手が、いるかどうか」



 切り返したのはすぐだった。

 ミリアの言葉を待たず、エリックは肩をすくめ自嘲気味に笑った。


 解ってはいるのだ。

 自分が述べている願望や自嘲が、『持っている者の贅沢な我儘』であることぐらい。そして、それを求めること自体が『愚か』であることだと。



 自分は盟主だ。

 君主として求められている。

 彼を欲しがる人間は多い。

 求められていないわけじゃない。

 必要とされていないわけじゃない。


 解っている。

 しかしそれは『家ありきのこと』。


 家柄に・金に・立場に・名声に。

 『惹かれ・寄ってきた相手に』。『そんな相手でも』。


 いずれ・いつか・そのうち・いずれは・”結婚しなくてはならない”。

 体を重ね愛情うそを振り撒き、体裁を取り作ろって『家』を、命を、紡ぐ。

 それが使命だと・『わかっては、いる』。

 

 ────しかし彼の心の奥。

 ずっと、ずっとモヤとして淀んでいるのは『そんな相手に命を、人生を捧げるのはどうなのだ』という虚しさであった。



(────オリオンの家の子どもとして生まれた時から、俺の命は俺のものではないと、わかっているけど。相手も、お互い様と言われればそうなんだろうけど)



 ──それでも、どうしても付きまとう贅沢な羨望が妬ましく鬱陶しい。

 解っているのに心が欲して仕方ない。


 『自分』を求めてくれる人に。

 『何もない自分』を受け入れてくれる人に。

 『欲しい』と言われたら、どれだけ嬉しいか────



 草原の片隅。

 自嘲を込めて放った言葉に、無言のミリアをさっと一瞥。

 願望それらを無理やり押し込めて、彼は戯けるように笑う。



「…………それに、”それに適した環境”というものがあると思うし」

「適した環境?」


 

 出す声に、明るさを滲ませ頷いた。

 感づかれてはならない。

 《自分の言葉ではない・あくまでも想像で言っている》を装って、困った空気で・浮かべた笑顔で・『わからない』の口ぶりで・本音を煙に巻いてコトバを紡いだ。



「────そう。理想や思いだけでは、どうしても踏み出せない場合もあるんじゃないか……と思って」

「…………うん」


「仮に、そういう相手ができたとしても、大切にしたい気持ちがあっても、そうはさせてくれない『現実』や『事情』……とか? あるだろ?」

「…………『事情』。」 

 

「……あー……、『婚姻生活に至ったあとのリスクやストレス』とか? ありありと想像できて『そもそもそういう相手を作らない人間』も、いるんじゃないか……と思って。…………ああ、俺は・・よく知らないけど」

「────ふぅーん……」


「いるんじゃないかって話だよ?」

「まあ、いるとは思う。中には」



 こぼしてすぐさま、肩をすくめ誤魔化すエリックに対し、ミリアは平静だった。


 率直な感想とも取れる一言をこぼした後、情報を処理するようにウンウンと頷き考えている様子だ。そんな彼女に、エリックが数秒。次の言葉を述べるか否か、思考が動き出したその時。


 ミリアは、まるいはちみつ色の瞳を向けて話し出す。

 


「……エリックさん、なかなか想像力が豊かだよね?」

「────そう? 普通じゃないか?」

「……普通……? かなあ?」



 スパンと言われて咄嗟に返した。

 目の前でミリアは『そんなことないと思うけど……?』と言わんばかりに首を捻っているが、エリックとしては複雑だった。


 (……少なくとも、君より想像力は豊かじゃないぞ)を口に出さない彼の前、ミリアは──何かを片づけ飲み込んだように細やかに頷くと、

 と、呟く彼の目の先で




 彼女は、細かにこくこく頷く頭をぴたっと止めると、切り替えたようにカラリとした表情で言うのだ。



「──まあでも、いいんじゃん? キミの話じゃないんなら、そういう人ができた時にアプローチしたら良いじゃん?」



 言うなり彼女は立ち上がり、──ばっ! と両手を広げ、すぅ……! と息を吸い込み空を仰いで言うのである。



「なんせ、ノースブルクは『自由恋愛の国』!

 結婚率下がってるんでしょ? 顔の良さ発揮しなくてどーするの」

「…………いや、顔で結婚する? そ……」



 言いかけて、エリックは言葉を飲んだ。

 弾みで反論しかけたが、ありとあらゆる『ハイスペックで申し分ない貴族たち』を堂々と、『筋肉が足りないわ。却下ね』と言い放つキャロライン皇女が実際にいるのだ。



(…………筋肉が第一条件のやつもいるんだ。顔が決め手それでも、おかしくない)



 人も、動物も千差万別。

 好みも愛称もそれぞれ違う中で、《自分だけの頭で判断するのは愚かしいことなのかもしれない》と、うんざりと反省を混ぜ合わせるエリックの視線の先で────ミリアと言えば、若草色の芝の上、しっかりと立ち、清々しい青空を背負っていた。



 ──流れゆく雲。青く広がる空。

 頬を撫でる8月の風。

 

 ──ああ、不思議な感じだ。



(──深刻に考えるのが阿保らしくなってきたな。というか、……さっき俺は痴態を見せたのではないか? 調子が狂いっぱなしなのは自覚があるが、ミリアの前でヤサグレてスレた自分を見せてどうする? ああくそ、何やって)

「────ねえ、あのさあ」



 流れるように、内省へと移りゆくエリックの思考を引き裂くように、タイミングを測っていたようなミリアの声は唐突に飛び込んできた。


 その、はっきりとした、しかし責めているわけでもなく────『素朴だが力のある声』に、エリックが顔をあげた時。


 彼女は、石の上に座るエリックに目線を合わせて──言う。



「…………全体的に同意だし気持ちわかるんだけど、さっきのあれは反対だな?」

「……うん? あれ・・って?」


「────さっきの、『命を賭ける』ってやつ。それ・・には反対」



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