8-9「ぴっぴっぴ」
修羅場のビスティーから一時離脱して、ポロネーズでおしゃべりをし、タンジェリン通りでブーケを受け取り大笑い。
はたから見たら、まるでデートをしているような二人だが
ミリアとエリックにそのような気持ちはまるで無く────
次に二人が訪れたのは『郊外』。
ミリアに『誰もいない
エルヴィス・ディン・オリオンの『私有地』。
文字通り『彼の庭』である。
とはいえ、柵や壁があるわけではなく、守衛などに会わなければ『領主の土地』であることも気がつかない──『立派な草っ原』だ。
適度な木々が人目から二人を隠し、そしておあつらえむきの『座れる岩』がある場所で────ミリアの『カード講座』が、今まさに始まろうとしていた。
「……いい? エリックさん。言わなくてもわかると思うんだけど、絶対! 絶対に、人前では使わないでね? どう映るかわかんないんだからね?」
「ああ、もちろん」
「使うときは、わたしと一緒に使うこと。 このカードの使い方、他人には言わないこと。約束してくれるよね?」
「約束する。……というか、聞くまでもないだろ? 俺と君だけの、秘密だ」
いつになく真剣に、そして懸命に言うミリアに
エリックは口元に笑みをたたえ、唇に人差し指など当てつつ、素直に頷いていた。
ミリアの『真剣』が妙に口元に効いてくるのか、それとも『新しく学ぶ事柄』に心が躍っているのか。どちらかはわからないが、緩みそうになる口の端に”ぐっ”と力を込める。
────新しい知識を学べるのだ。これほど心が躍ることもあまりない。
胸の内の高揚をなるべく出さぬよう『真面目』を装う彼の前、ミリアはというとやる気に満ちている。勢いよく小指を突き出すと、はっきりとした声で言った。
「よし! じゃ、小指出して?」
「────ああ、『小指の誓い』?」
国が違うとはいえ、意図をすんなり汲み取り、すっと出る小指。
こういう『まじない』も、大人になってからはあまり経験がない。
正直子供じみた行為だが、今のエリックには抵抗はなかった。
交わし、差し出す細い指。
太さの違う指が二人の間で絡まり、ミリアは、”──すぅっ”と勢いよく息を吸い込むと
「──────さん、はいっ! こっゆびっの やっくそっく! ぴっぴっぴっ!」
「…………ぴ、『ぴっぴっぴ』?」
飛び出たそれに、エリックは間の抜けた声を上げた。
瞬間的に顔が半笑いになる。
『うたってたのしい えーれーめーんーつー♪』に、加えて『ぴっぴっぴ』である。妙に子供じみていて────エリックは、緩む頬を固めることに神経を集中させた。
しかしミリアは『あれ?』と首を傾げると、不思議な顔つきで述べるのだ。
「”ぴっぴっぴ”。言わない? ”ぴっぴっぴ”」
「えーと……、『言わない』、かな。こっちでは、その、聞いたことがないよ」
「これ世界共通じゃないのおおおお……!?」
「……揚げ物も共通じゃないのに?」
言いながら立ち上がり、『NO!』と全身で表しながら頭を抱えるミリアに、エリックは半笑いを潰しきれずに相槌を打っていた。
……こう、いちいち気が抜けるのだ。
彼女の動きも小動物のようで見ていて飽きないのだが、出てくる言葉がそれを加速させる。
(……緩いというか、可愛らしいというか)
──と。胸の内。
表面上ではくすっと小首を傾げるその先で、彼女は愕然としながら『それもそうか、そっか、そっかー』と細かく呟き頷いている。
「…………ん、こほっ」
──そんな仕草に綻び、緩む口元を右手で覆い隠す。
無理やり瞼を閉じ、必死に緩みを我慢するが、すぐ近くで『そっかーわかんなかったなあ、そっかあ!』とこぼす彼女に目が行ってしまう。
────『国の違い』か『国民性』か。
それともミリア自身の個性なのかはわからないが、困るのだ。
『目的』が霞そうで。
『調査』だ。
『相棒』だ。
今から『教えを受ける』のだ。
────遊びに来ているわけではないし、彼女との会話を楽しむデートをしているわけでもない。
────のに。
(────いや、しっかりしろ……!)
じわじわと込みあげるソレらを押し殺しながら、右手で口元を覆うエリックの前。
ミリアは納得したように『はぁ、』と短く息を吐くと、《ぐっ》と眉を下げエリックを見上げ、こくこくと頷き口を開く。
「……そうだよね、揚げ物も驚いたもんね。そりゃそっか『小指の約束』も違うよね〜。ちなみに、こっちではなんて言うの?」
「────ん? あぁ……」
問われ、エリックは小さく目を見開いた。
今度は彼が披露する番である。
彼女の『ぴっぴっぴ』はとりあえず頭の奥に。
知らない彼女に、きちんと見せるために。
エリックは、まず自身の呼吸を整え、すっと背筋を伸ばし──
────静かに。
「──『誓います。女神ミリアの
「…………ほわ…………さすが女神と聖騎士さまの国…………」
ただの草原が聖地になったような気さえして、ミリアはほうけた顔で呟いた。
同じ『小指の約束』でもこの違い。
無意識に伸びる背筋・目の当たりにする『女神の教え』。
──”気”が、空気が引き締まる感覚にミリアの瞳は自然に輝き、『気持ち』が口からこぼれていく。
「……ふふ。そういうところも、おしゃれで大好きですね」
「うん? なんの話?」
「『この国が好き』って話〜♪」
応え、ご機嫌な様子で軽やかに身を翻した。
ふわっと持ち上がったスカートのように、気分がいい。
自分の故郷が嫌いというわけではないが、今まで知らなかった『奥の方』が見えて──ご機嫌が溢れてくる。
彼女は勢いもそのまま、ふわりとエリックの隣に腰掛けると、彼の手元。
『
────ぴたっ。
止まる。
”うん?”
”…………あれ?”
カードの箱を開き、きょろきょろ。
箱を裏返し、覗き込み、振ったりして。
首を傾げまくるミリアに、エリックが思わず『どうした?』と声をかけそうになった、その時。
「────ねえ、あれは?」
「ん? あれ?」
「指輪。ついてたでしょ? 付属品のヤツ。指輪出して?」
「──────指輪?」
ぺらっと手を出され、求められて。
エリックはまたも、目を見開き繰り返したのであった。
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