8-10「小指の証」



「────ねえ、あれは?」

「ん? あれ?」


「指輪。ついてたでしょ? 付属品のヤツ。指輪出して?」

「──────指輪?」



 ウエストエッジ・郊外。

 オリオンの敷地内、手入れされた草っ原。

 お誂え向きの石に腰かけながら、相棒のミリアに手を出され、エリックは首を傾げ聞き返していた。


 眉を寄せ思い返してみるが『指輪』なんてアイテムは、その箱すら見ていない。


 これを渡してきたのは、隣国・アルツェン・ビルドの王子『リチャード・フォン・フィリッツ』だが、彼は一言も『付属品がある』などと言ってはいなかった。


 『置いていった』と、それだけだったはずだ。

 


「…………いや、俺がもらったのは、それだけ。指輪なんかついてなかったけど」

「…………え────……? おかしいな、セットになってるはずなのに…どこいっちゃったんだろ……?」



 首を傾げるミリアの隣で、エルヴィス・ディン・オリオン盟主は本人以上に眉を顰めた。


 キチンと思い返しても、あの円卓会議で『マジェラの商人にもらった』『遊び方がわからん』と半ば強引に押し付けられた『魔法元素エレメンツカード』は、出てきた時から箱しかなかった。

 リチャードの指にソレらしき物もついていなかったし、何より彼は『ツボや調度品』は好きだが、装飾品を集める趣味はないはずである。


 指輪をくすねたとは考えにくい。



(……指輪……? どこに行ったんだ……?)



 ありとあらゆる可能性を考え並べる彼の隣。

 ミリアは『うぅーん』と唸り、首を捻り、一瞬。

 思いついたようにさっとポシェットを開け、そこから『少女の人形・スフィー』を取り出すと、



「…………あ、いいや。じゃあ、これあげる」


 いいながら、スフィーの”首元”。ぐるりと巻き付けてあったネックレスの先、指輪のモチーフを外して、彼に差し出した。



「……え?」



 小さく声すら落としながら、彼が見るのはミリアの手のひらの上。 


 少し太めのリングは、繊細な装飾の内側に深く・熱い黄昏色の石を抱いており

、纏う雰囲気はまさに『未知の力を秘めし物』そのもので──戸惑いが生まれる。



 カードとは訳が違う。オーラが違う。

 ──それに『指輪』だ。



(……『あげる』って……簡単に言うけど)



 気後れを隠せぬエリックに、しかしミリアは平気な顔で指輪を指すと、



「…………これ・・

「わたしが使ってたやつ。使わないからあげるよ」

「…………いや」



 いとも容易たやすく言う彼女に、頑なに首を振る。


 『指輪という道具に対して』が半分。

 もう半分は『国を跨いでまで持ってきている指輪に、思い入れがあるのではないか』という憶測が半分。



(────そんなものを、もらっていいのか……!?)



 ──ためらいしかなかった。


 まずアイテムが《指輪》なのがいけない。

 『指輪』は、この国で『婚姻の証』であり『願掛け』の道具だ。

 貴族の間では見せびらかすように着けるものもいるが、大抵は『祈り』を込めて指に着けたり、首に下げたりする『大切な誓いの証』。



 『あなたを愛します』

 『永遠を誓います』

 『傍にいてください』

 『貴方は、わたしにとって必要です』


 ──と、女神の前で誓う物──なのだが。 



「…………、」

「?」



 若干の怖さと。

 力を放つ指輪への興味で瞳を迷わせるエリックの前、しかしミリアは『うん?』と首を捻り、平然と揺さぶってくるのだ。



「これないと、不便だよ?」

「…………いや、えーと」


「魔法、使ってみないの?」

「…………ううん」


「感覚つかめないよ……?」

「…………」



 確認するように聞かれ、黙る。

 《やってみたい》と《女神の誓い》と《物の意味》がせめぎ合ってどうしようもない。ミリアが『いい』というなら頂きたいが、しかし。



(──指輪こんなもの、一生、付けることなど無いと思っていたが……) 



 と、呟く視線が捕らえるのは、彼女の『手のひら』。

 それは、深く、熱を帯びているような色と空気で、どうしようもなく誘ってくる。



「…………いいのか?」

「いいよ、使わないし」



 そろりと聞き正し、おそるおそる。指輪とミリアを交互に見つめ────



「……じゃあ、戴くけど……。これ、……入らないだろ」



 ウエストエッジ・郊外。

 夏の爽やかな日差しと、青空の元。

 

 意を決したエリックは眉をひそめてミリアに述べた。

 ……たしかに魅力的ではあるが、通さなくてもわかるほどサイズが小さい。彼の目測、人差し指にも薬指にも入らなそうなそれに、隣からミリアの声が飛ぶ。

  

 

「わたしは人差し指につけてたけど。小指とかなら入らない?」


「……無理だミリア。関節でとまっ」

「ねじこむ」

 ──ぐっ! すぽっ!

「よっし入ったぁ!」

「…………」



 満足げに『ぐっ』と手を握るミリアの隣。

 綺麗にピッタリ入ったそれに、もはや言葉も無く黙り込んだ。


 ──ああ、何とも色気のない『リング装着』である。

 ずるっと勢いよくねじ込まれ、そこに『想い』も『誓い』も『愛』もあったものじゃない。



(──……こ、こんな形で……)


 小指の根本で『みちっ』とハマったリングを前に、眉間がヒクつく彼。


 『いつか』『将来』『大切な人が出来たら』『女神さまに誓いましょう』と教え込まれながらも、『そんな日が来ることは許されない』と、冷めた目で見ていたそれが『こう』だ。


 戸惑いと、あっけなさと。

 なんだか一言では言い表せない気持ちがエリックの中で渦巻くが、それでも彼は何とか立て直し、ミリアに声を放つのである。



「………これ、抜けそうもないんだけど」

「基本ずっとつけてて覚えさせるものだから、問題ないんじゃない? お屋敷ってそういう就業規則ある?」


「…………いや、まあ…………無いけど」



 問われ、ぼそぼそと答えるエリック──いや、エルヴィス閣下。


 規則はない。

 規則はないが、そうじゃない。

 彼は盟主だ。この国のトップだ。そして指輪は婚姻の証であり──

 数日後────舞踏会を控えている。

 ──『舞踏会』である。



(────まずい)



 いくら小指とは言え、今までそういった装飾品をまるでつけてこなかった盟主が、いきなり指輪なんぞつけて舞踏会に参加しようものなら、なんと言われるだろうか。


 冷やかされる・何度も同じ問いを食らうなど、これ一つでありとあらゆる波紋が思いつき、ゲンナリが噴出してくる。


 タイミングは最悪だ。しかし、指輪は抜けそうもない。



 ────ならば。


(──……舞踏会は手袋でいいとして……普段の生活は、適当に誤魔化すか)



 と、折り合いを付けながら自然に、左小指の違和感を確かめるエリック。


 確かな感触。

 慣れぬ違和感。

 指輪を撫でる指の先から感じる・細やかな魔法陣の装飾。


 思わず目を惹く、濃く・熱い黄昏たそがれ色を抱く石。



 否が応でも感じる存在に、彼はまた、暗く青い瞳を落とし──



(…………意味は違うが、こんな形で指輪を付けることになるなんてな)



 ──と

 指輪に視線を落としながら呟くエリックを視界の中心に。

 ミリアは『うん!』と大きく頷くと、意気揚々と息を吸い、────続きを放つ。


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