8-3「「知り合い?」「知らない」」





「…………うっわぁあ……! ねえ、これほんとに良いの?」



 シルクメイル地方、オリオン領の西の端。

 女神のクローゼットの異名を持つ・ウエストエッジの『タンジェリン通り』。

 そこそこ人通りのある道のはじで、ミリアは驚き目を見開いた。


 連れの男性エリックに『外で待ってて』と言われすぐのこと。

 青く濃い空の下、彼女は、早々に引っかかって・・・・・・いた。



 声をかけてきたのは、道で何かを配る若い兄さん。

 兄さんが渡してきたのは、色鮮やかな手のひらサイズのブーケ。

 

 いきなり差し出されたブーケに、ミリアがそのハニーブラウンの目を丸くするその前で、ブーケの兄さんは陽気にケラケラと笑い声をあげると



「いいんだゼぇ〜! これ、新しいヤツだから! 新商品! バリイイカンジだから、使ってみてヨ!」

「へえ〜! ”バリ良い感じ”なんだ?」



 調子を合わせ、返すミリア。兄さんは得意げに返した。



「んだゼ! これ使えば、お肌もっちもちのすっべすべ!」

「もちもちの、すべすべ」


「おねーさん、もっと綺麗になっちゃうゼ!」

「あはははは! セールス上手いな〜!」

「────ミリア?」



 ミリアとブーケの兄さんの談笑に、呆れと牽制を孕んだ声が割り込んだ。

 あからさまにいぶかしげな声にミリアが目を向ければ──そこには当然、エリックの顔。



「あ。エリックさん」



 ”呆れと不機嫌を混ぜ合わせ、怪訝な顔つきでずんずんこちらに歩み寄ってくるその絵面に、(あ。なんか見たことある光景)と、ミリアが瞬間的に彼との出会いを思い出す中。



 エリックは足並みもそのまま、ミリアとブーケの兄さんの間に割り込むように踏み入れると、────目を、向けた。悪びれもなく、『うん?』とこちらを見上げるミリアに。



「…………全く、君は……、知り合い?」

「ううん、知らない」


「────”知らない”? ……はあ、また君はそうやって知らない相手と旧知の仲のように……それは君の良さでもあるけれど、褒められたことじゃないと思うぞ?」

「良さであるなら伸ばすべきですね?」

「 ミ リ ア 」

「~♪」



 到着してそうそう始まるエリックの小言に応戦するミリアの屁理屈。


 『ああ言えばこう言う』。

 『多少言われても負けやしない』。


 ミリアは知っている。

 多少屁理屈で返したところで、エリックが本気で怒らないことを。


 今までさんざん小言も喰らったし正論パンチも喰らったが、ミリアにとってエリックの『小言』は、もはや怖いものでも何でもなかった。


 エリックのあきれ顔に返す、ふふん顔。

 もはやこの二人の様式美になりつつあるやりとりに、ブーケの兄さんの存在が霞んだ時。エリックはさらりとそれ・・に目を向け、促した。



「────それは・・・?」



 瞳で射るのはミリアの手元・小さな花束。

 瞬間的にイラつく内部を諫めつつ、表面上はすまし・・・・・・・・を保ちながら──彼は口を開いた。



「──────その花束は? なに?」

「あ、これね、」


「オニーサンオニーサン! これこれ! あたらしいヤツなんスよ!」


「────”新しいやつ”?」



 ミリアに聞いたのにもかかわらず、割り込む様に入ってきた兄さんに、眉を問いかえした。瞬時に湧くのは(──おまえに聞いてない)という感情だが、ブーケの男はそれに気づいていないらしい。


 焼けた肌に抜けた歯列を見せ、絶好スマイルを浮かべると述べたのだ。




「良かったらどっすか! 花束石鹸っす!」

花束石鹸フラワーソープ?」



 男の言葉に驚いて。

 彼は、その限りなく黒く青い瞳を見開いたのであった。


 

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