7-11「おねだり」





 場所はビストロ・ポロネーズ。

 さらりと有能さを見せるエリックに、ミリアは頬を膨らませた。




「────頭良くて腹立つぅ~……」

「ふ……! ──まあ、覚えるのは得意な方だよ。…………そうでなくちゃいけなかったからな」

「…………うんっ?」


「────それより、これ……少し借りてもいい?」



 穏やかなしゃべりの中の『最後』。

 吐き捨てるように落としたそれは、ぼっそりとテーブルの上だけに零し、砕いて。エリックは甘えるように問いかけた。


 その暗く青いまなざしに乗せる、おねだりの色。

 表情すべてに『読みたいんだけど』を滲ませるエリックに──一瞬。


 『見えたようで見えないなにか』『素早く隠されたように感じたなにか』に瞳を迷わせ、ミリアは細やかな瞬きと共に考えたが────



「え? あ、良いよ? 読むの? 使えるようになりたいとか?」



 テンポよく答え、聞き返す。

 返ってきたのは──落ち着いた声とほほ笑みだった。



「────知識として入れておきたいだけ。前に言ったよな? 魔具には興味があるって。旦那様のこともあるし、知識を広めたいんだ」

「…………」



 彼から滲み出る『勉強したい』という真摯な気持ちを受けて、黙る彼女。


 ほほ笑む彼が『本当に読んでみたい』のはわかる。

 けれど、先ほどさらりと出した『陰りのようなもの』も気になる。


 ────しかし、数秒の沈黙の後、ミリアが取ったのは──『先を促す疑問』であった。

 


「…………でも、知識として入れただけじゃあ……それで役に立つの?」

「立つよ」



 顔を上げ、迷い首をかしげるミリアに、声は素早く返ってきた。

 書物が寝そべるテーブルの上、彼は魔術参考書に目を落とすと、真剣な面持ちで言い始める。



「…………少なくとも、この書物は、ここのどこを探しても手に入らない。『魔具の取り扱い書』はあっても『魔術参考書』まで売っていないからな。『取り扱い書を読むだけ』と『その理論から理解する』はまるで違うだろ?」


「……まあ、たしかに。言いたいことはわかる」

「だろ? だからもし、君が『もう要らない』というのなら、俺にくれないか? 貸してくれるだけでいい。きちんと返すから」


「う〜ん……」



 ミリアは腕を組んで唸った。



(……使わないって言えば使わないんだよなあ……、たしかに、わたしがもってても役に立たないといえばそう──なんだけど)

「まあ~~、いいけどさあ。『使おう』とは思ってない……んだよね?」

「出来ることなら、使ってみたいけど」


「うぅーーん……気持ちは~わかるけど……………無理だと思うよ~?」

「…………やっぱり、マズいかな」


 

 提案に、腕を組んだり、頬を触ったり。

 顎を触ったりしながら渋るミリアに対し、エリックは眉を下げ僅かに肩を落とした。


 その、明かな消沈・・・・・を前に、「……あ、や」ミリアは慌ててぱたぱたと手を振る。エリックが『自分の言葉の意味を取り違えた』と理解したのだ。



「いや~~~、あの~~~。まずいとかじゃなくて、無理だと思うってことなの。だって『魔道の民じゃない ち が う 』じゃん? 『血が』、……えーっとその、『民的なヤツ』が」

「…………そうかな。俺は、そうは思わないけど」



 ミリアの言葉に込められた『国民じゃないじゃん?』『無駄になると思うなあ』という意味を理解して、彼は即座に首を振る。

 

 彼女がそこ・・を懸念しているのなら、それを打開するだけの推論がある。それを伝えるため、エリックはまっすぐにミリアを見つめ背を正すと、真面目を瞳に宿して述べる。



「────君も、言ってただろ? 『誰しも少しは魔力ちからがある』って。君の話を聞いた限り、これは幼児期から学校教育にも使われているんだよな? いうことは……力を引き出すことにも・・・・・・・・・・一役買っているんじゃないか?」

「………………」



 ビストロ・ポロネーズの天井から吊り下がる魔具ラタンが見守る中、エリックは続けた。



「…………『内在している魔力ちからはあるものの、使い方がわからない子どもたち』に、『道具の補助をつけ力を使わせること・・・・・・・』で『できた』という成功体験をさせる……。『扱うのが難しい能力が絶えないように』。そうして、国全体で”力を守っていった”としたら?」

「………………」



「『成功体験』は物事を習得させようとした時に何より効率的だ。それを植え付けることで、対象が自ら物事に挑むようになっていくからな。……君の話を聞いていると、魔力ちからを使いこなすには『それなりの素養』に加えて、『総合的な能力』が必要なんだろ?」



「…………うん」

「────『誰でも扱えるようでいて、そうじゃない』。マジェラ君のところが『能力の衰退・それすなわち文化の衰退である』と考えているのだとしたら……──国がそうやって教え込むのは、当然のことだろうな」

(……上手くできてるよ、マジェラの教育は)



 最後のそれは胸の中で。

 呟くエリックは、『マジェラの教育システム』に関心と尊敬を込めて息をつく。



「……まあ、だからといって、安易に広めることをしなかったのも納得だ。『扱いには素養が必要だから』『他国に悪用されたら困るから』。……国として、外には出さなかったんだろう」



 口に出しながらうっすらと脳裏によぎるは『自分の矛盾』。


 『学びたい』気持ちと『他国の考えやその事情』『禁忌かもしれない』という懸念。『もし自分がマジェラのトップだったら、今この状況をどう見るだろうか』────。


 ────しかし、彼の中。勝ったのは『興味』の方だった。



「……けれど、やってみる価値はあると思わないか? マジェラ君のところが『他国民ほかの使用』まで考えているかは、わからないけど。……もしそれが禁忌だとしたら、商人も献上したりしないだろ?」

「……………………」



 言いながら伺うミリアの顔。

 そして沈黙の彼女は、ゆっくりと顔を上げ────

 


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