7-9「バザールに出せる状態で保管しておきました」




「君、手を開くときは必ず中指と薬指を付けているよな。それは、癖?」

「え。……あ~~…………」



 問いかけに、尻窄みの相槌が返ってきた。

 変な質問をしたつもりはないが、複雑な色に変わりゆくミリアの顔に、一瞬。


 (聞いたらまずかったか?)とエリックが様子を伺うその先で、ミリアは自分の指を確かめるように目の前まで持ってくると、くるくると裏返している。


 その間にも、彼女の中指と薬指はぴたりと付けられ、まるで糸で束ねられているかのようだった。



 ────いつも反応のいい彼女が、珍しく言い淀んでいる。

 何かあると考えた方が自然だが──それらをどう捉えるか迷い・つぶさに観察をするエリックの前。


 彼女は自分の指からエリックへと目をやり細やかに頷くと、



「……まあ、そっかな、癖。うん、癖……だよね。そっかー、言われるまでわかんなかったなあ……」

「?」



 ミリアの複雑そうな表情と言い方に、エリックは小さく目を見開いた。

 愁いを帯びたような彼女の表情が気になるのだが、そこを突いていいのか迷ったのだ。


 『言われるまで気づかなかった』のは何故だろう? 

 ──と、引っかかりを覚えるエリックの前、彼女は指と指を切り離すように大きく広げ、求めるように、確かめるようにカードをつまみ上げるとこなれた手つきで指で挟んだ。



(────カードが関係しているのか……?)



 ケーキをひと口、口に含むエリックの前で、ミリアはカードを挟んだ指をぴっと立てたり、柔らかに曲げたりしながら、懐かしむようにもてあそぶと、やがて興味の無さそうに息を吐き出し──


 その雰囲気は、彼女に似合わずしおらしく、静かで。

 『これ以上の詮索』は迷ってしまうほどだった。



 ──浮いた顔はしていない。

 しかし、カード自体の話題を避けている風でもない。

 なんとも言い難い雰囲気と沈黙に、エリックが次に言葉に出したのは『素朴な疑問』であった。



「────…………なあ、それ、俺でも使えるのかな」

「うん? どーーだろ……?」

 


 問いかけに、瞬時。

 しおらしい雰囲気はかき消えて、ミリアは顔を上げ目くばせすると、



「…………使えないんじゃない? だってちがう・・・じゃん? 」

「…………だよな」


 

 あっさりした返事に声のトーンを落とす彼。

 実は密かに『子供に使えるのなら俺にもできるかも知れない』と思ったのだが、ミリアがそんな密やかな希望に気づくはずもなく。


 ほんのり生まれた興味と希望をあっさり打ち砕かれ、若干気落ちする。



(……どうせなら、魔法も使ってみたかったんだけど)



 ──と、ひとり落ち込むエリックの前──ミリアは唐突に肩掛けポシェットを膝の上にのせると、その蓋を”べろん”と開け、書物のようなものを引き抜き口を開いた。



「そもそもねえ〜。ほら、これ見て欲しいんだけどさ〜」



 言いながら彼女が出したのは一冊の冊子だ。

 一般的な羊皮紙を半分に折ったぐらいの大きさで、大人の手より少し大きい。


 いわゆる『馴染みのあるサイズの本』である。


 丁寧に紐綴じしてあり、表紙には『移動に連れまわされた感』が滲み出ているそれに、エリックが素直に首を傾げる中、ミリアは、薄い本をべらーっと開いてみせると



「これ、魔術参考書きょうかしょなんだけどね? 見てみる?」


「へえ……! ────見ても、良いの?」

「良いよ、どうせわかんないと思うしー」



 投げやり気味に答え、頬杖をつく彼女。

 まるで興味がないミリアとは対照的に、エリックの心は、じんわりと踊りかけていた。



(…………こんなもの、見ないわけがない……!)


 

 心が弾む。

 滅多にお目にかかれないであろう書物。

 マジェラの魔術参考書きょうかしょ


 魔術を習い使うことは無理なようだが、読むのはいいだろう。

 落胆からの歓喜に口元が緩みそうになるのをぐっと堪えつつ、エリックは蒼く暗い瞳の奥を煌めかせながら、ぱらぱらとページをめくり────



「────……」

「…………」



 ────めくり────…

 ────めくって────



「…………ミリア……」

「んーなにー?」


「…………これ。ずいぶん綺麗だな…………? ……使ってこなかっただろ」

「…………うっ……!」



 その『使用感』まるで新品・形跡なし。


 『読める』ことはありがたいが、この教科書の用途からして『この状態はありえない』。瞬時に透けて見える『ミリアの授業態度』に、じろりと目を向ける中。


 彼の親指が出す、威圧的な『紙をめくる音』がミリアの首をどんどん『そっぽ』へと追いやって────



「…………え────っと。」

「…………はあ…………せっかく学ぶ機会があるのに、もったいない……」

「──バザールに出せる状態で保管しておきました」


 きらぁん……! ふふーん……!


「………………」

「ばざーるに出せる状態でほかんしておきました」

「…………」


「ばざーるに、出せる状態で、ほかんしておきました」

「…………」



 ────無駄に背筋を伸ばし煌めきを纏わせ言う彼女。


 じっとりとした目を向け黙り込むエリック。



 ごまかしキラキラモードのミリアにたいし、『国際教養均等化』を進める盟主エルヴィスは────ここで・黙るわけには・行かなかった。



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