7-8「自己嫌悪」





 たかが、カードひとつ。


 リチャード王子からもらったマジェラのカード。

 マジェラでは『教育道具』だと認識した道具でまさか、パニックになるとは────彼『エリック・マーティン』は、思いもしなかった。




「…………はあ…………」



 目の前のリンゴのケーキも手付かずに参った息をこぼす。

 先ほどまでの『混乱』が渦を巻いて自己嫌悪しかないが、そんなエリックの向かい側でミリアは不可思議と戸惑いを混ぜ合わせたような顔で言うのだ。



「いやあの〜、褒めた、じゃん? わたし。おにーさんが真面目なのわかったし。ため息つく理由がわからないよ?」

「────ああ、……えーと」



 両手で頬杖を突きながら、首を傾げまくるミリアの問いかけに、エリックは言葉を濁しながら探しまくっていた。



 遅い昼飯どきのビストロ・ポロネーズ。

 机の向こう側、何もわかっていないミリアの顔も見られない。

 不意打ちを喰らい続けたとはいえ、自分の立場も身分も役割も忘れて弁解に走ったのだ。『何やってるんだ俺は』以上になにも言葉が出なかった。



 エリックが自分の『誤作動』とも言える状態に『落ち付け』『何やってるんだ』『いや、そもそも慌てる事柄じゃないだろう』『ああもう、ああもう』『スパイは常に冷静に、ありとあらゆる事象可能性から任務を遂行するために最善の選択を』────と、必死に平常心を取り戻す努力をしている最中。



 ミリアといえば、疑問符を浮かべながら呑気にドリンクを飲む。

 ちゅう────こくん。

 ……はあ、おいしい。


 口に出さなくてもわかるほど、のほほんと顔を緩めるミリア。

 もはや、どっちがスパイでどっちがターゲットだったのかわからない状況である。


 しかし、生まれも育ちも違う二人。

 こうなってしまうのも無理のないことだ。



 ミリアの中で、魔法元素エレメンツカードは『出産の贈り物』だ。

 確かに小さなころ使いはしたし、教育道具でもあるのだが、今度は『送る側になる』のがちらつく物の一つである。

 それを聞いて真っ先に出てくるのは、赤ん坊やプレゼントした時の友達夫婦の顔であり、先の教育のことなど全くもって思いつかない。



 しかし、それを聞いていたのは『エリック・マーティン』……いや『エルヴィス・ディン・オリオン閣下』。

 

 完全に国の運営を任されている立場で、教育改革を行っている人である。他国の『教育システム』の話などされようものなら『お祝い用』なんて前置きはすっとび、『そのシステムを自国に生かすことができるかどうか』を考えてしまう。


 『周辺環境の違いによる重要項目の差異』である。


 もちろん、彼とて出産祝いなどに無関係なわけではない。

 が、この国で出産のお祝いと言ったら仕立ての良いベビー服やおくるみ、あるいは手編みのカゴベッドクーファンなどであり──そして彼はまだ単身だ。


 贈ることはあっても、贈られることなどないし、ましてや『他国のお祝い品』など知るはずもない。


 そんな彼が、まさか『カード』から『子供生まれたんだ、おめでとう』というパンチと『エルヴィスさん最低』などという蹴りを食らうなど、予測できるはずがなかった。



 エルヴィス……いや、エリックは、マドラーでドリンクをかき混ぜるミリアを一瞥し、がたつく何かを無理やり動かす様に、口を開いた。



「────そう、だな。『しっかりしないと』と思っただけだよ。旦那様は、その……生活魔具を取り扱うことが、多いから。俺も、キチンと頭に入れておかないと、またこういった誤解を招きそうだと、そう思ったんだ」


「なるほど〜? ……ま、聞いてくれたら教えてあげる〜。聞かれてもわかんないかもだけど〜」



 自身の混乱を治めるように、たとたどしく。

 言葉を探しながら述べる彼に、ミリアはドリンクをちゅーっとすする。その様子はサラリとしていて、彼女はこれ以上追及するつもりがないようだった。

 

 そんなミリアに、エリックはひとつ、安堵の息を漏らした。

 内心(助かった)と思っていた。

 正直先ほどの《嫌な焦りからの自己喪失》をまだ引きずっている状態で、これ以上つっこまれたらボロが出そうだったからだ。


 ──ミリアのこういう、からりとしたところは彼女の魅力であり、今の彼には有難かった。



 エリックは続ける。

 眼下で静かに待つリンゴのケーキにフォークを刺して、気持ちを切り替えるように話を振った。



「────それに、しても。君のところは随分とユニークな教え方をしているんだな?『幼い頃から絵を見せて理解させる』なんて、こちらの指南役が知ったらさぞ驚きそうだ」

「……ま、そうでもしないといけないんじゃん? あそこってそういうトコロなの」



 諦め気味に開いた手をくうに向けて肩をすくめる彼女。

 その指の形が気になり、エリックは視線を向けた。

 彼女が何気なく出している手の形は──『中指と薬指がぴたりと付いた形』で。


 ささやかな疑問は、エリックの口から滑り出したのだ。



「…………君の、その『指』」

「────ゆびっ?」


「そう、指。君、手を開くときは必ず中指と薬指を付けているよな。それは、癖?」

「え。」



 ──その問いは、別に、責めるつもりでも、諫めるつもりでもなかったが──



「あ〜〜…………、」



 ミリアから返ってきたのは、気まずそうな声と顔色だった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る