7-6「エルヴィスさん、さいてい……」
ミリアは問いかける。
昼のビストロ・ポロネーズで席を囲んで。
「ねえ、カードは誰からもらったの?」
「ああ、旦那様だよ」
「だんなさまから。だんなさまが。」
二度、同じ言葉を繰り返す彼女。
思えばこの時、エリックは気付くべきだったのだ。
ミリアの言葉に隠れた『ひっかかり』に。
しかし、彼は続けてしまった。
『エルヴィス・ディン・オリオン』という人間を、知ってもらいたかったからだ。
『盟主に仕えている』と伝えた時。
顔を真っ青にしていたミリアに、間接的に『盟主・エルヴィス』の人柄を伝えようとしたのである。
彼は、微笑みながら言った。とても穏やかな空気を纏って。
「────そう。下さったんだ。俺は、手札遊戯や盤上遊戯が得意でね。旦那様は、それを知っているから」
──自分の事ではあるのだが、嘘偽りは言っていない。
「彼は、とても気の回る方でね。仕えている俺のこともよく気にか…………!?」
言いかけて、彼は喉を締め言葉を飲み込んだ。
目の前でミリアが『うわ……』と言わんばかりに退いていく。
(────えっ)
それを目の当たりにして動揺に包まれる彼の目の前、ミリアは『あり得ない』と言う表情で、ぐっと唇をつぐむばかり。
「────み、ミリア? どうした」
「…………」
様子を伺いつつ、動揺を隠しつつ、ぎこちない問いかけに──彼女はすぐに答えなかった。『あ、ヤバイ。』と逃げるように目線を外し、グラスに手をかけ、紛らわすように飲むのはサイダー。
あからさまに──『気まずさを隠そうとしている』。喉が縮む。
(…………いや。待って)
全くわからない。
何がどうしてそうなったのか。
無意識に、心が落ち着かない。
彼女が作り出した沈黙に、エリックが瞳を惑わせながら、”じっ”と視線を送る中、心底言いにくそうなミリアが──硬い表情で口を開いた。
「…………いや────…………あの────。……きにしないでいただけると。」
「いや、気になるから。そんな顔をされたら、聞くなという方が無理だよ」
顔全てのパーツを引き延ばし、身を縮める彼女に、エリックは畳みかけるように言った。
────本当にわからない。
動揺を押し殺す。
理由がわからない以上下手に動けない。
『教えて』を視線で叩き込むエリックだが──それは逆に、ミリアの視線を外させるのだ。
「…………イヤ。えと、うゥん。……おこる。たぶん。これ、言ったらおこる。」
「…………怒らないよ。どうした」
気になる。
気になる。
『怒るかもしれない』という前置きを、即訂正したぐらい『原因が気になる』。
『退かれる』要素が見つからない。
『教育カードの話』でどうしてそうなった?
(────〜……!)
答えを早く知りたい気持ちを抑えつけ返事を待つ彼に、ミリアは伺うように瞳を向けそろっと首をかしげると、
「…………ほんとに怒らない?」
「怒らない。大丈夫だから、聞かせて?」
(────早く)
彼が拳を握る中。
────彼女は、その口を、開くと
「『おんなのてき……』」
「────はっ!?」
「……ありえなーい……」
視線を外して超早口の一言に。
エリックは溜まらず立ち上がり、素っ頓狂な声を上げたのであった。
※
今生、一度も。
『女の敵』などと、言われたことはない。
彼は、盟主であり、紳士だ。
女性を粗雑に扱ったことなどない。
扱いにも気を付け、敬意を払い、角の立たぬようにひらりと躱し、諜報員として接する時は”満足”はさせてきた。
なのに、どうして
(────どうしてそうなった!?)
「──ちょっと! ……待って。──いや、えーと。……どうしてそうなったんだ? 女の敵? はっ?」
史上最高に混乱し、慌て耳の上を掻くエリックの前、しかしミリアはマイペースだ。
”ふっ……!”と目をそらし、露骨に眉間に皺を寄せ、テーブルに両腕を置きながら、冷たいドリンクをちゅーっと吸い込み首を振ると
「………………しんじられない。女の敵。ありえない」
「いや! 待って」
固い口調でポンポン出てくる槍のような言葉に、彼はまともに焦り返す。
そんな声を聞きつけたのか、周りの客が『なんだなんだ?』『女の敵だって』
『修羅場か?』と騒ぎ立てているが、そんなことはどうでもいい。
(なんでそうなった? 今、そんなこと言ったか? いや、そんな流れじゃなかったよな……!?)
考える考える考える。
(『カードについて貶した』? いや、そんなことはしていない、『教育カードを遊戯カードだと誤解していた』から? いや、それで『女の敵』にはならないよな? マジェラの体制や国を貶したわけでもない、乾燥トマトと食事の話? ……いや、違う。それは関係ない、落ち着け、待て……!)
パニックである。
そしてそれは、困惑と焦りを纏ったまま口を突いて出た。
「……いや、えーと、……待って。…………は、話が飛んでないか?」
「とんでないよ、全然とんでないよ?」
「いやとんでるだろ脈絡がないじゃないか。どうしてそうなるんだ」
「だって」
困惑の黒き青い瞳に、ミリアはトントンとカードを指さし、覗き込むように体を前のめりに倒して彼に──言った。
「これ、お祝い用なんだよ? 子供ができたり、生まれたりした時の。それを『誰かからもらった』ってことは『奥さまとお子さんがいる』ってことでしょ? でなけりゃ、送り主もくれたりしないじゃん。すっごく高いのに。」
「……!」
──理解した。
────背が、冷える。
(ちょ、ま)
「でも、今までそんな話は聞いたことないし、しかも今度舞踏会開くんだよね?」
「────ちょ、」
「まあ盟主さまでいらっしゃるから事情がおありになるのでしょうけど、シンプルに考えると『奥さまは? お子さんは? 内縁? 複雑な事情? 秘密? お祝いの品『要らない』って誰かにあげるとか、子供どうなったの? えええええええ』……って……なるよね?」
「────ま、」
「そこまでならいいよ、『夫婦の事情』・仕方ない。でもね、タチ悪いなって思ったのは舞踏会ね?『もう結婚してるのに、未婚って偽ってる』のが現状ってことでしょ? それを知らない貴族の御令嬢集めて『品定め』……『えええええ、うそおおおお』って感じ。…………ドン引きじゃん……?」
「待ってくれ」
「まあ〜。いつ別れたとか内情知らないしー。この辺の結婚観とか、知らないけど〜。お金に物言わせて、たくさん妻子って、さ~~~~~~、ね~~~?」
「ちが」
「そもそも『婚姻率の低下防止のためにやり方説いてる』『女性はものじゃないと政策進めてる』って言う割には自分やってることさあ…………『うゎぁ……』ってなるじゃん?」
「ミ、」
「良くないと思う。本当に良くないと思う~。そういうのよくなーい」
「待ってください」
「もちろん誰にも言わないけど? でも、やーっぱ貴族さまって、そういう人た
「 ミ リ ア さ ん 。 」
「はい?」
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