7-5「魔法カードのつかいかた」
「────あのね? このカード、さっき『幼児教材』って言ったけど、小さいうちはもっと大きなカードを使うの。力がこもってないやつ。絵だけのやつ。イメージが大事だから、絵だけでよくて」
「え? ああ、うん」
ノースブルク諸侯同盟国・西の端ウエストエッジ。
母国マジェラとは遠く離れたこの地で、相棒のエリックが出してきた『故郷の教育用材』に、ミリアは懐かしさを込めた口調で語り出した。
「教えるのは外がいいから、その辺の広場とかで教えるの! こーやってねー? 大人がカード持って〜」
────すぅっ!
「────さん、はいっ!
うぉ・うぉ・ウォルタ♪
ふっ・ふっ・ふぁいあ♪
ひゅるひゅる うぃんど
もこもこ のーぉむ
きらきらまぶしい ライッサンっ・パッ”♪」
「ふしぎなふしぎな えーれめんっ♪
たのしいたのしい えーれめんっ♪
うたっておぼえる えーれめぇーんっ♪
みんなであそぼう
えーれーめーんーつぅー〜〜〜……♪
──じゃん☆」
「──────…………」
──場所は食堂ポロネーズ。
いきなりカードを持って歌い出したミリアに、エリックはただただぽかーんと固まって──……
「…………ふっ! ……くくくっ……!」
────はっ!?
(────しまったっ!?)
しぃんと落ちた沈黙の後、前かがみで吹き出すエリックにミリアは我に返った!
ポーズもそのまま目を向けてみれば、右手で目を覆いながら、小刻みに肩を揺らして笑いを噛み殺しているエリックの姿。立ち上がっている自分に刺さる周囲の視線。
(…………しっ…………! しまっ…………たぁぁぁ……! またやったぁぁぁぁぁ……!)
この前のひとり芝居撃沈事件に加え、『またも』。恥の上塗りな状況にミリアは一瞬、喉奥の悲鳴を押し殺し────!
スン……と顔を整え。
さっ……と背を伸ばし。
すっ……とスカートを整えながら。
”ス──────”と息を吸い──続けた。
「────っていう…………ね。はい、そういう。やつがあるんですが。あの────……やらせないでもらえます??」
「──────フッ!」
「────と、まあ、ね? そんなわけで。そういう教育が。あるわけなんですけれども。魔具、あるでしょ? あれの元々の発想はこのカードから来てるんだって。授業で習った。かの有名なバネッサ
「────あ、アァ、うん」
ごほんけほんっ、んんっ、
こほんこほん、ンンッ。
ミリアは真顔で話し続けている。
エリックはせき込んでいる。
「このカードね、本当にむかーしから使われてて。作ってるのはバネッサっていう一族でね、教科書に載ってるほどの人たちで、今もカード教育ビジネスで大儲け。その作り方は先祖代々、門外不出らしいんだけど、後続勢は熱心だよね。その方法をどこからか入手して、最近は類似品も出たりし…………って。────笑わないで聞いてくれます???」
「……んっ、ケホッ。……ふう、」
エリックは持ち直した!
エリックの「深呼吸」!
ふ──────……!
────────っ。
──────キリッ!
「…………笑ってないだろ」
「にやけてんじゃん。でも、そんな
ゴホッ、ゴホゴホケホケホ、んン゛っ、フハッ!
エリックは わらってうごけない。
エリックは わらいに耐えている。
声も震える。腹が痛い。
はっきり言って『勘弁してくれ』が本心だった。
自分で踊って歌っておいて『やらせるな』と言った挙句、押し通した上、ちょいちょい入る『マジトーンの確認』に腹が痙攣する。これで笑わない方が無理な話だが、彼女は「ねえ、はなし、きいてた?」と、お構いなしだ。
目の前でぐるんと首を傾げて問いかける『その攻撃』に、エリックは、今度こそ。
姿勢を正して胸を張り、大きく大きく息を吸い込んで────
「────────ああ、もちろん」
「半笑い」
「勘弁してくれ……!」
──限界である。
エリックはたまらず白旗を上げた。
腹筋がツライ。
笑いが噴き出す。
ここでその一言はないだろう。
────怒りを堪えること・嫌悪を逃すことよりも、笑いを堪えるのがこんなにも
(……つ、つらい……っ!)
どんどん痛みを増す腹筋と涙目になる瞳に力を入れながら、湧き出る笑いを奥歯をかしみめ殺すエリックに、ミリアの方はとても不服そうに頬を膨らませるのだ。
「っていうか、人が真面目に話してるのに、なんで笑うの、失礼じゃん!」
「……笑わせにきてるじゃないか……!」
「してないし!」
「……してるよ……!」
「わたしは! 大真面目に! 説明しているというのに! そういうの! そういうの良くないと思う!」
ふん! と腕組み
つん! とそっぽを向く彼女。
明らかに《ごりっぷく》なのは見て取れたが──しかし、それで慌てるわけもなく。逆にエリックは、心の中の愉快を表す様に、ゆったりとした頬杖で彼女に眼差しを送ると、
「…………なら、インターバルをくれないか? あんな風に笑わせにきておいて、畳み掛けられたらひとたまりもないんだけど?」
「だからあ、笑わせてないじゃん」
「笑わせにきてるだろ? ああ、殺す身にもなってくれ」
「しゅぎょーが足りないのではぁ〜?」
「出たな? 君の得意な『修行論』。けれど、言わせてくれないか?」
互いに頬杖で囲むテーブル。
エリックは手のひら。
ミリアは拳。
それぞれ違うが、言葉にするのは『軽口・減らず口』。
まるで鏡のように調子を合わせる彼女に、彼は本音をこぼした。
「これは、修行とか、そういう話じゃないから。あんな攻撃を食らったらひとたまりもないよ」
「攻撃してないし」
「────あぁ、腹が痛くて仕方ない」
「よかったネ、腹筋が割れるネ、やったネ。ヤッタァ!」
暗に『君のせいだぞ?』というエリックに、ミリアは裏声なんぞを使いつつ、他人事で言い返した。
テーブルの上で汗をかくレモンソーダとりんごのケーキ。
くすくすと笑うエリックに、むくれ顔のミリア。
──その様子はまるで『恋仲の彼女を揶揄う男と、怒る女』そのものだが──彼らはあくまでも《相棒》だ。
相棒との時間を楽しむエリックが、手元のケーキを捕らえ、おもむろにフォークに手をかけた時。レモンソーダに両手を添えるミリアは、思い出したように口を開くと
「────で、あのさあ」
「ん?」
「ちゃんと理解してくれた? そのカードのこと」
目を丸めるエリックに問いかける。
それに返ってきたのは、『まだ愉快を残した真面目な微笑み』だった。
「ああ、とても参考になった。君の国の教育システムに興味が湧いた。我が国もぜひ取り入れるべきだと思った」
「……またなんか固いことを……まあ、いいんだけど。でさぁ? ……それ、だれから……?」
「うん?」
とうとう振ってきたミリアの質問に、エリックは──ゆっくりと、わざとらしく小首を傾げてとぼけた。
──待っていたのだ、無意識のうちに、その質問を。
胸の内『それは、気になるよな?』という思惑を隠し、余裕の笑みを浮かべて『黙る』エリック。
その沈黙に誘われるように──ミリアは訝し気な瞳を向けると、
「そのカード、誰からもらったの? だってこれすっっごく高いんだよ? そもそも、ここにあるのだっておかしいもん。魔具専門ショップにも置いてないし、
…………フッ……
────その問いに、エリックは余裕の笑みを浮かべた。
──さあ、主導権を奪取する好機である。
「────気になる?」
「まあ。気になるよね、高いし」
「────ああ、まあ。そうか。……くれたのは、旦那様だよ」
「だんなさまから。……だんなさまが。」
「────そう。下さったんだ」
間髪入れず二度繰り返したミリアに、エリックは穏やかに答え、続ける。
「──俺は、手札遊戯や盤上遊戯が得意でね。旦那様はそれを知っているから、俺に下さったんだ。彼はとても気の回る方で、仕えている俺のこともよく…………!?」
言いかけて、
その反応に瞳が惑う。
エリックは背を浮かせて問いかけた。
「……!? ……ミリア? ど、どうした?」
「………おんなのてき…………」
「────は!?」
「………………ありえなーい………………」
それは完全に。
エリックを再び混乱の渦へと突き落としたのであった。
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