7-4「おめでとうございます?」





 人はある程度、相手の反応を想定して物事を進める生き物だ。



 食堂ポロネーズの一画。

 空になったテーブルを挟み、エリックは手に入れた『マジェラのカード』を差し出した。



 それは、ミリアにとってきっと『懐かしいもの』であり、見た瞬間驚くだろうと予想していた。


 『わ! え? 懐かしい!』

 『どうしてもってるのー!?」

 『ねえ、一緒に遊んでみない?』


 ──そうくるだろうと予想して、緩やかに微笑むエリック。



「……これを貰ったんだけど、見覚えあるだろ?」



 しかし、返ってきたのは無邪気な驚嘆や食いつきなどではなく──



「あら〜……。『おめでとうございます』?」

「え」


「……? 子供産まれるんじゃないの?」

「はっ!?」



 弩級のカウンターだった。






 言われたことが理解できない。

 素っ頓狂な声をあげて、周囲の視線を集めるエリックは混乱に落とされていた。


 まさに斜め上。とんでもないところからとんでもない攻撃を受けたような気がして、テーブルの上腕を置き、思わず前のめり。


 状態整理もままならぬまま焦る・わけもわからず・言葉が彼の口から突いて出る!




「────ちょっと待って! ……えっ? ど、どういうこと?」

「あ、生まれてる系? おめでとーごさいまーす」


「いや、だから、」

「っていうか、こんなところでご飯食べてて大丈夫? お子さん生まれたばかりでは?」

「いやっ! ちょっと待って! どうしてそうなるんだ!?」


「『どーして』って。そーいわれても……」




 言いながら、思わず飛び出る『待った』の手。わけもわからずテンパる頭。

 背中に感じる熱さも手伝い、正常な働きが出来ぬエリックの前でミリアは心底不思議そうに、ハニーブラウンの瞳を向けるばかり。


 はたからみたら修羅場である。

 察したスタッフがレモンソーダとりんごのケーキ置き逃げていくのを視界の隅に──エリックは動転のまま言葉を捻り出す。



「…………ま、待ってくれないか。……は、話が読めないんだけど……」

「読めない? え? 新品だしお子さんが」


「だからそれが……! いや、待て。これ、まさか、”子ども、用”???」

「────んーーー、子ども用っていうか、お祝い用?」

「……お祝い?」



 かるーい口調で返ってきた言葉に、エリックはオウム返しに声を上げた。


 ──だんだん息が整ってきた。

 背中はまだ熱さが残るが、ミリアの言葉も飲み込めない程ではない。


 緩い彼女に合わせるように呼吸を合わせつつ、こんがらがった思考を整理するエリックのその前で、ミリアは心良い様子で口を開ける。



「ん。そう。それ、子どもが産まれた時のお祝いにあげるやつ。魔法元素エレメントカードっていうの」


「…………『エレメント……カード』?」

「うんっ」



 迷いなく頷くミリアは、その手でこっそりと『リンゴのケーキ』の皿と『レモンソーダ』を入れ替える。

 

 先ほどの店員が置き間違えたのだ。

 内心ちょっぴり(リンゴわたしのじゃないよ〜)と呟きながら、くるりと入れ替えたミリアは口元に緩やかな笑みを浮かべると、



「基本、お祝いの時にあげるけど、ただの子どものおもちゃってわけじゃなくてね〜?いわゆる、魔具の一種なんだ。1枚1枚に魔法元素エレメントの力がこもってる」



 と、ひといき。

 


「小さな頃は幼児教材の『絵カード』として使ってるのね? で、学校に行くようになったら『補助』として使って、10歳ぐらいから、バトルカードとして友達どうしで遊んだりするやつ〜」


「……………………へ……へえ」



 ゆるゆると答えるミリアになんとかエリックは『平然』を装った。


 口元に笑み。

 目線は巡らせ、落ち着けと言い聞かせつつ、彼女の方をチラリ。蘇る『子どもいるんじゃないの?』に一瞬鼓動が暴れ細やかに首を振る。



 ──動揺している場合じゃない。確かに慌てたが、取り乱してどうする。ミリアの前で無様な格好は見せられない。


 そう心を整えて。

 エリックは瞳を惑わせ右手の拳に力を入れつつ、イカリ肩のままを埋めた。



「…………………………ま、まあ確かに? 言われて納得したよ。家で、見てみたけど、ペアになってるものばかり、というわけでも、無かったし。……へ、へえ? なるほど? 小さな頃からカードの模様を見せて、子どもに教え込むのか、へエ」

「そうそう」


 

 内心の動揺を無理やり押さえつけながら相槌を打つエリック。しかしミリアはマイペースだった。

 細い指でカードをツンツンつつくと、『教えてあげるね』の眼差しで言う。



「すごく高いの。これ。これから子育てする親じゃあ、とてもじゃないけど買えないから、周りがプレゼントするのが習わし。国民全員持ってると思う。…………でも、そっか〜、遊び道具だと思ったんだ?」


「…………まあ、な」


「まー、そうかもしれないねー? わたしたちはもう『そういうもん』だと思ってみてるから、そんな風に思えないけど。はたから見たらただのカードだもんね? ふふふ、ちいちゃな子に教えるやつなんだよ~♪」


「…………よ、幼児教育、ね……なるほど?」



 ミリアの説明を受けながら、なんとか動揺を鎮め無理やり思考を『マジェラの教育方法』に持っていくエリックの正面で。


 ミリアはと言うと、懐かしさとノストラジーに包まれていた。



「…………いや~。それにしても懐かしーなあ……♡」

(…………ほんっと懐かしい……!)

 


 思わず弾む声。

 自然と伸びる手・触れるカードのその感触。


 自分のものはもう長いこと机の中だ。

 それを仕舞い込んだ記憶と共に、思い出すのは昔の話。



 魔導学校の学生の頃、友との対戦バトル。

 初等学級だったころ、カードを家に忘れて半泣きをした時のこと。


 幼き頃に聞き、歌った『あの歌』──



 『昔の色々』が噴き出して、懐かしむようにカードを一枚引き抜き、うっとりと微笑むと、



「……こんなところで見るなんてな〜初めはこんなに綺麗なカードだったんだねー、へぇ〜……!」



 懐かしさとわくわくに逆らえず、ミリアはエリックに語り出す。


 

「あのね? さっき『幼児教材』って言ったけど、小さいうちはもっと大きなカードを使うの。力がこもってないやつ。絵だけのやつ。イメージが大事だから、絵だけでよくて」


「え? ああ、うん」

「教えるのは外がいいから、その辺の広場とかで教えるの! こーやってねー? 大人がカード持って〜」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る