7-3「もらったものはすぐにポイしそう」




 言葉は呪いだ。

 生きていくうえで自然に受けてきた言葉それらは、良くも悪くも《生きているもの》の中身に作用していく。


 ミリアと出会ってから集中的に・・・・乱された・・・・エリックから零れ落ちたのは、今まで人に見せてこなかった『卑屈な自分』。




「……自死か、他殺か、わからないけど。…………どちらにしても、血縁や近しい人間は………………辛いだろうな」


「…………へぇ……」

「? なに? もしかして、”意外”だとか思ってる?」



 ミリアの小さな声に、ひとつ。

 『どうせ俺は冷たい人間だよ』とやさぐれた色を乗せたエリックに返ってきたのは、突発的な『NO』だった。


 ミリアは『ううん、そうじゃなくて』と言わんばかりに首を振り、真顔のまま宙を仰ぐと、



「うーん? 『意外』? というか。『真面目だな』って。そー思った」

「……「真面目”」?まあ、そう言われることもあるけど。今、それを思ったのか?」

 


 問いかけに懸念を宿す。

 ミリアの言葉の裏が見えず、うがった構えをするエリックに、ミリアは言葉を探す様に首を捻るのだ。

 


「……うーん……、ちょっと違う……? 『真面目』……じゃなくて、えーと。

 あ~、そう。『広く考えられる人なんだな』〜って。そっちだと思う。」

「……『広く』?」

(────今、そんなところあったか……?)



 幼少期から『広く、大局を見るのだ』と教え込まれては来たが、そのニュアンスで言われたのではないと察しはついていた。しかし、『どこ』なのかはわからない。


 エリックはただ、自分が思ったことを述べただけだ。

 『そこ』が繋がらぬエリックに──ミリアは、こくこくと頷き、言った。



「そうそう。わたしは、事件のはなし聞いて『若いなー、同い年じゃん』ぐらいにしか思わなかったけど。キミは、その周り……親とか気にしたじゃん? 『真面目』っていうか、なんていうか。うーん『情に厚い』?」

「…………」


「見た目はそんなふうに見えないけど、ちゃんと『優しいな』って」

「…………」

 


 言いながら首をかしげる彼女を前に彼は瞬間的。

 エリックは悪戯っぽく小首を傾げ、ニヤリと笑い息を吐いた。


 

「……それ、どういう意味だよ? そんなに軽薄に見える? ……まあ、」

「────まあ。もらったものはすぐにポイしそう」


「…………フ! 随分正直に言うんだな? でも、残念」



 確かめるためのカマをあっさり肯定して、ど正直に述べるミリアに吹き出し笑う。 


 ──胸に残っていた自嘲が消えていく。伏せた瞳が見つめる闇の向こうにあるのは、柔らかな気持ち。それらを懐かしく眺めるようにほほ笑んで、黒く青い瞳に光を乗せ、



「…………思い入れがあるものほど、捨てられないよ。人様からもらったものなら、尚更……な」

「へえ……!」



 見える世界の真ん中で、見る見るまるまるハニーブラウンの瞳。

 ──そんな反応に、またひとつ笑う。


 

「意外? ……まったく、人をなんだと思ってるんだ?」

「それはこっちのセリフです〜。人をなんだと思ってるんだか~」




 皮肉と友好を込めて右手のひらで頬杖を付くエリックに、ミリアは同じ調子の”生意気トーン”で応戦だ。


 『意外』から、『理解』へ。

 『理解』から、『愉快』へ。


 変わりゆく雰囲気の中、まるで鏡のように言い返す彼女の表情を、さらに映し返すように、エリックは怪しげで、艶のある笑みを浮かべ────仕掛けた。



「────知りたい? 『俺が君を、どう思っているのか』」

「いらない♡ 大体わかってるから結構♡」



 にっこりさっくり煽りの笑みを返し、ミリアは続ける。



「ふふ♡ どーせ『むこう見ずで突拍子もない、飛んだ弓矢』だと思ってるんでしょ? わっかる。大丈夫。もう知ってるから♡」

「へえ? もしかしてわざとやってる? 着いていくのが大変だから、やめてほしいんだけど?」


「選んだのそっちじゃん?」

「そうだよ」



 ミリアの、悪戯で挑戦的な問いかけに。

 エリックは突如『まじめに返した』。

 放つ声に意思を込め、姿勢を正して彼女に述べる。

 


「君を、選んだ。俺のパートナーにね。君が『ふさわしい』と思ったからだ」

「ほう……」


「『君とならできる』と思った。これは本心だ。嘘じゃない」

「…………う、うん」


「──だから、無理はしないでくれよ?」

「まあ、うん、無理はしないよ?」


「…………わかってるのか?」

「うん、わかってるわかってる」



 テンポもよく、2つ返事で。素早く返ってきた言葉に、エリックは『ほんとに?』と言いたげに目を細めたが──すぐにくすりと笑いを漏らした。 


 ミリアの返しは『やや軽め』ではあるが、そこを真面目に小言で問いただそうとは思わなかった。それは、ミリアが決してふざけているわけではないと理解しているのと──、彼自身、この空気を壊したくなかったのである。



(──せっかくの食事だしな。もう少し楽しんでもらいたい)


 

 テーブルの向こうのミリアに、一拍。

 エリックは右手を懐に入れると、ベストの内ポケットから『拵えのいい平箱』を指でつまみ、



「────で、そうだ。そんな『もらったものでも、要らなければすぐに捨てそう』だと思われている、俺が」

「ごめんって」

「こんなものを、貰ったんだけど」

「────?」



 もったいつけるように言いながら、リチャード王子に貰った『マジェラのカード』を差し出して──



「……見覚えあるだろ?君に見せたいと思って、持ってきたんだ」

「……!」

 ──フフッ。



 目を丸めて驚く彼女にまた笑う。

 想像通りの反応だ。


(──そう来ると思った)と、エリックが心をほころばせた時。

 


「………………、あら~……。」



 ミリアから漏れたのは、ぽそりとした声と。

 きょとんとした──祝いの言葉だった。



「えーと『おめでとうございます』?」

「…………え。」

(────は?)


「………………お、『おめでとうございます』……?」

「? こども産まれるんじゃないの?」



「────はっ!?」






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