6-15「普通にしてください」




「…………少し、こっちに来て」

「……!」



 ざわめきの中、誘うように声をかけ、『聞いてもらう』。

 細かく瞬きしながら前のめりに『聞く』姿勢を取るミリアに、エリックは声を潜めると、



「これぐらい煩いぐらいの方が、都合がいいんだ。下手に静かなところより、周りの声が会話をかき消してくれるから。──それに。これなら『仲のいい恋人同士が語らっている』ようにしか見えないよ」」



 周りの様子を伺って、一笑。

 余裕の笑みをたたえるエリックに、ミリアは問いかける。



「…………”ともだち”ではなく? 恋人なんだ?」

「……いや、どちらでもいいんだけど。これぐらいの男女が語らっていたら、周りはそう見るのが自然だろ?」


「……そーなのだろうか……?」

「……そうだろ? だから君も、それらしい顔で聞いてくれる?」

(それらしい顔って、どんな顔…………?)



 相棒エリックのオーダーに、ミリアは少しばかり考え──”作る”。



 きゅるん♡ 

 うるうるっ♡ 

 ”しゅき”っ♡



「……………………。…………やりすぎ。普通で良いから。普通にしてください」


 

 その。『瞬き120%増量・うるるきらきらフェイス』を前に色気も余裕な空気も全部投げ捨て、エリックは固く首を振った。


 台無しだ。台無しである。

 思わず額を押さえて首を垂れる。

 真剣で大人な雰囲気を作り、これから密談しようと持ち掛けたのに──返ってきたのは『うるるん顔』ときた。


 怒る気も失せて脱力しそうになるのをぐっと堪える。

 ミリアが『こういう人間だ』とわかっていたが、まさか『恋人同士が語らっているような顔を作ってくれ』の返しがこれだとは思わなかった。



(…………ああ、もう。せっかく、雰囲気を作ったのに……!)




 と、テーブルの木目を見ながら呟くが──同時にこみ上げてくるのは『笑い』だ。

 

 ミリアの『うるうるっ』顔を前に、ど真剣に『先の話』をする自分がちらついて仕方ない。そんな場面を傍から見て居たい衝動にも駆られるが、この席を譲るのは嫌である。


 ────つまり──『切り替えねばならない』。


 ────すぅ────…………っ……。

 ──ハッ。


 エリックは、笑いも脱力も心の奥底に押し込め、背筋を伸ばし困った顔で続けた。




「……ミリア? 反応に困るんだけど。その顔に話す内容じゃないよな?」

「……ちゅーもん多いなぁっ!」


「俺の相棒だろ? 君なら、表情もうまく作れると思ってるんだけど?」

「……ほおー〜〜?? ご注文はどのラインかしら? 至極真面目な接客モードなら問題ないかしら?」


「…………ああ、問題ないよ。 じゃあ、それで」



 煽るような口調をまねして返すミリアに、彼は頷いた。

 ──さあ、ミリアの準備は整った。

 きりりとした真面目なまなざしを向ける彼女に、エリックは語り始める。



 『今の見解』と、今後の『動き方』について。





※ ※ ※





「…………今の調べだと、不自然な値上がりは、ただの買い占めが原因では無いと踏んでいるんだ。君の言う通り、例年この時期ぐらいから売り上げは伸びているんだけど、今年は……おかしくて。春から需要が伸び始めていることがわかってきた」

「…………はる? ……シーズンオフの時期……?」


「────そう。この高騰の原因を作っている奴は、一般的な消費が落ち込んでいる時を狙ったんだ」



 真面目に聞くミリアに、一拍。

 ひとつ頷きエリックは続ける。



「『季節的に見向きもされなくなった頃合い』を狙って、じわじわとな。突発的な買い占めや、無計画なものでは無いと考えたほうが自然だろ?」


「…………うん」

「加えて、綿とシルクの値も上がって来ている。……これは推測なんだけど『冬に向けて、何かを準備している』と考えるのが自然だと思わないか?」


「………………毛と、めんと、しるくで……?」

「……そう」


「…………毛皮パーティーでもひらくの……?」

「──そんな、可愛らしいものならいいけどな」



 ミリアのお気楽な返答に、エリックは自棄気味に吐き捨てた。


 彼女の意見に苛ついたのではない。

 『その後ろにあるかもしれない推測』に気が立っていくのだ。


 いったい何を企んでいるかわからないが、毛皮の高騰がどこにどう作用するかわからない状況に苛立ちを覚える。ただのパーティーならいいが、それにしても『価格が高騰するぐらい消えていった毛皮を、どうするつもりなのか』。


 ──悪事などいくらでも思いつく。

 想像しただけで虫唾が走る。

 ──なにせここは、彼の領地なのだから。



 しかしそれを、今ここでミリアにぶつけるわけにはいかなかった。

 ジワリした苛立ちを、僅かに寄せる眉根に込めて、エリックはテーブルの上に腕を置き・軽く握った拳を見下ろすと──ひと息。


 切り替えるように顔を作り、平静を心掛け言葉を紡ぐ。



「……シンプルに考えれば、そうなんだろうけど。近年、きな臭い話も聞くから、安易に考えられなくて。……旦那様も、恐らくそれを警戒しているんだろう」


「………………”きな、くさい”」

「……聞く? ただの噂だけど」


「…………」



 ──それは、一歩踏み込んだエリックの問い。

 判断を委ねられ、ミリアはその瞳を惑わせ──答えた。


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