6-14「恋人の語らいをしよう」




「…………ねえ、調子悪いの?」

「え? ああ、いや?」



 胸の疑問を気遣いに変えて、ミリアが飛ばした問いに、エリックが返したのは『素早いNO』だった。


 素早く顔を上げたエリックには一瞬『不意を突かれた』ような色が見えて取れたが、彼は即座に『余裕』と言わんばかりの色を湛え、テーブルの向こうで意地悪く笑う。



「…………むしろ、悪かったのは君の方じゃないか? 食事を摂ってだいぶ顔色が戻ったように思うけど?」

「…………うぁあ〜、心配して損したぁ〜。修羅場なの、誰のせいだと思ってるの?キミのご主人さまのせいなんだからね!」



 からかいを含むそれに返すのは、ノリのいいむくれ顔。瞬時にエリックの眉が下がり、言葉は返ってくる。

 


「…………だから、『手伝う』って。オーナーにも許可をもらったし、オリオンの家のものとして、精一杯やらせてもらうよ」 


「…………お屋敷のお手伝いはいいの?」

「ああ、大丈夫。俺の仕事はもう終わったから」



 伺うように聞くミリアに頷きながら、落ち着き払った口調で答えつつ、エリックは『ここ数日で片付けた仕事の数々』を思い出していた。

 

 簡単に『終わった』とは言ったが、その量は膨大なものだった。

 舞踏会に招かねばならない人間のリストをもとに、招待状という名のラブレターをおくり、もてなす食事のメニューをざっと確認し、場所を確保し金を納める。


 ビスティーが修羅場なように、オリオン家も相当な修羅場であったが、今回。エリックの印象に強く残っていたのは、膨大な量の手紙でも食事の発注でもなく──『衣装の新調』であった。



 一度宴が決まれば、流れるように始まるこの慣習。

 親・祖父の代からの慣わし・慣例行事。

 注文せずとも『舞踏会』といえばやってくる、お抱えテーラーの縫製師。


 ぶっちゃけ彼は『舞踏会で毎回やることもない』と思うのだが、ここで新調しないと、お抱えのテーラーが泣きをみる。


 その縫製師が語る『生地やらボタンの種類やら』の話題に、彼は少し前まで『そうか』『良いものなのだな』としか返しようがなく、どう話題を拡げて良いかわからない時間だったのだが、今回は違ったのだ。


 ──『ほんの少し明るくなっただけで、返せるものが違ってくる』。



「…………君から話を聞いたおかげで、今回は随分スムーズだった。相手の言っていることがわかるようになると、話の進みも早いよな」

「……? わたし、舞踏会の準備に役立つようなこと言ったっけ……?」


「いや? こっちの話だから。気にしなくていいよ」



 盛り上がった話題と、嬉しそうにしていた老いたテーラーを思い出しながらぽろっと溢れたそれを素早く掃き流し、彼は次に──小難しい顔つきで口元を覆い悩ましげに息をつき言葉を続ける。



「────そうだな、残っている仕事といえば……あとは、当日? ……当日は流石に、抜けられそうも無いけど」

「……当日はさすがに、男性スタッフ立ち入り禁止ですね……?」


「……ああ、そうか。当日こそ修羅場だよな」

「よやくでいっぱい。あさからドレス締める」


「なるほど。……で、俺が言いたいのはそっちじゃなくてさ」

「?」



 首をかしげるミリアに、ひとつ。

 エリックは背を浮かせて距離を詰め、彼女の瞳を覗きこむと、軽さを捨てた声を出す。



「……「契約」。今のうちに詰めて置きたいのはそっちほうなんだけど」

「…………」



 言いながら、”コツ・コツ・”とテーブルを鳴らすが────彼女は顔のパーツ全てを横に引き伸ばして黙るのみ。

 それだけで・・・・・、もうわかる。『ミリアの思考や思うこと』。

 それを確認するべく、エリックは伺うように首を寄せると、

 


「……忘れてた?」

「いや?? 1割ぐらい覚えてたし??」

「…………それ、ほとんど忘れてるのと一緒だろ」

「や、」



 テンポ良く、呆れ口調のそれに一瞬。

 『ちが、』と言いかけるが────素早く瞳を回し、話を進める方向を取り、話題を振った。



「そいえば「やり方はおにーさんが考える」んだっけ? この前そういってたよね?」

「…………ああ」



 

 『話題反らし作戦』が成功したミリアが(ヨシ!)とガッツポーズを取る正面で────深刻に頷く彼は、気を潜めて周りに神経を配る。



 探る。

 ────昼の『ビストロ・ポロネーズ』。

 天井から吊る下げられた数々の照明魔具を頭の上に、楽しそうに話し込む人々。


 職場の仲間か、兄弟か、それとも、母親同士なのか。

 わいわいざわざわと騒がしい客を背景にエリックは、「じっ」と彼女を見つめテーブルに両肘を置き、声を潜め、澄ました顔でそっと囁いた。



「…………少し、こっちに来て」

「……!」



 ざわめきの中、誘うように声をかけ、『聞いてもらう』。

 細かく瞬きしながら前のめりに『聞く』姿勢を取るミリアに、エリックは声を潜めると、



「これぐらい煩いぐらいの方が、都合がいいんだ。下手に静かなところより、周りの声が会話をかき消してくれるから。──それに。これなら『仲のいい恋人同士が語らっている』ようにしか見えないよ」」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る