6-13「夢と現実」




 彼女は語る。

 賑やかに食事を囲む人々を背景に。



「────でもさあ、『ここなら綺麗にしてくれる!』って思って来てくれるお客様の期待には、応えたいじゃない?」



 嬉しそうに頬杖をつきながら、疲れた顔に光を宿して。



「『盟主さまの目に留まりたい』って。『あの方の瞳に入りたい』って。この街の女性だって、別に『相手が要らないわけじゃない』と思う」



 そんなキラキラしたミリアに、彼が返した言葉は『鉛色』。



「…………どれだけの人間が……『エルヴィス・ディン・オリオン』を見ているのか、疑問ではあるけどな」

「? どゆこと?」

「────いや、なんでも?」



 皮肉も込めた呟きは最後、口の中。

 切り替えたように顔を上げ、ごまかしさえ掃き捨てて問いかける”彼”は、話題をミリアに向ける。



「……それで? 君は? 毎日ドレスにも触れて、着せているんだろ?」

「わたしは、着せる側じゃん? ドレス一着いくらすると思ってるの? 婚礼の贈り物って言われてるのに。貴族令嬢でもないわたしが、着れるわけないでしょ〜?」



 返す彼女は『なにを当たり前な』と言わんばかりで、それを考えたこともなさそうだった。


 しかし彼女は笑うのだ。

 今ある幸せを、噛み締めるように。



「…………でもね、いーの。毎日服を選ぶだけで楽しいんだよ? そんなの、ここに来るまで知らなかったっ」

「…………………………」


 その『 何も望まない 』と言わんばかりの返答に、────は思わず、投げかけていた。



「…………着てみたいとは、思わないのか?」




※※※




「…………着てみたいとは、思わないのか?」

「……?」



 それは、修羅場の中のオアシス。

 ウエストエッジ・飲食街の一画。

 人で賑わう『ビストロ・ポロネーズ』の店内で。


 食事を共にしている男性『エリック・マーティン』にそう聞かれ、ミリア・リリ・マキシマムは小さく目を見開いた。


 彼女のハニーブラウンの瞳が捉えるのは、エリックの暗く青い瞳。その眼差しがどことなく真剣で──ミリアはそのまま、顎を乗せていた手のひらの指を、緩やかに握り『うん?』と眉を上げると


 

「? 着てるよ? カタログから試着ドレスを起こす時とか。 わたし、体型がド平均だから。あそこにあるドレス、大体入るんだ」

「…………いや、」



 答えた直後、返って来たのは小さな否定。

 しかしミリアの耳には届いていない。



「まあ、サイズが大きすぎるのとか〜あと、お子様用のは流石に入らないけど。試着のやつはだいたい着てるよ? 」


「…………」

「うちのドレスって基本オーダーだけど、とりあえずレギュラーサイズで型紙とって、それで細かく合わせていくのね? 絞れるものはフリーで作る。で、そのレギュラーサイズを作る時に、わたしがトルソーになるの。型紙起こす勉強にもなるし、仕立てが分かると、おすすめする時も説得力が増すでしょ?」

「……まあ」


「ドレスのスカートの感じをみたりとか、途中の仕上がりを確認するのに着てみたりとか、本縫いする前に確認したりする時とか、結構重要な仕事なのね? ……動けないけど」


「…………だから、」

「? だから、あのー……割と着ている、けれど、も……??」


「…………」

「????」



 何か言いたげに黙り込んでしまったエリックに、ミリアは、ただただ不思議だと言わんばかりに目を向けた。


 細やかに瞬きをしながら『じぃ────:っと視線を送ってみるが────彼は、複雑そうな顔をするのみ。そんなエリックを前にミリアは表情かおには出さずに心で首を捻る。



(…………何が言いたいのかしら。このおにーさん…………)



 彼女は『エリックが何が言いたいのか』本気で分からなかった。


 今の彼女にとって、ドレスは『着付けるもの』であり、『商品』だ。『自分が金を出して身に着ける』ものではない。

 

 明らかな高級品。身の丈に合わないもの。

 全く憧れがないといえば嘘になるが、しかし『欲しくてほしくてたまらない』というものではない。


 それでも昔は、ドレスにあこがれて仕方なかった。『あんな服を着てみたい』と思っていた。


 けれど、いざこの街に来た時、突きつけられたのはその金額げんじつだ。


 ──貴族でもない彼女が、普段の生活を送りながら、手に入れられる値段ものでは……無かったのである。



 そしてミリアは割り切った。



 ──『ドレスは、婚礼の贈り物』。

 『身分ある女性が纏う衣装』であり『わたしが着るものではない』。

 『花嫁の予定もない。それになれるとも思っていない。でも好き。だからドレスの花を咲かせる手伝いをするのだ』と。


 そう、当の昔に割り切った彼女にとって、エリックの問いは、ピンともなんとも来なかった。



(……えと……いや……『着て、みたい』というか、着てるっていう……ってゆか、どうした?? なに??)



 と、もう一度、疑念の目を向ける。

 しかしエリックは、気まずそうに黙っている。



(────えぇ~……、……どうしたぁ────……??)

「…………」

(────だまると気になるんですけど……)



 エリックの『珍しすぎる沈黙』に、困惑に包まれ瞳を惑わせた。


 彼女の中、『エリック』という青年は、『基本的にレスポンスがいい』。

 一つ言えば二つ返ってくると言うか。

 気になることがあれば、もれなく小言もおまけでついてくると言うか。

 

 『おしゃべりな男』というわけではなく『意見を言うのに躊躇いがない』。『遠慮なくずけずけと、思ったことを言ってくる』。のに、たまにこうして言い淀む時もある。



 その線引きが掴めないミリアには──エリックの『不調』は不思議で仕方なかった。

 


(……わっかんないおにーさん ひ と だなあ〜?)

「…………ねえ、調子悪いの?」




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