6-12「素直な質問」




 計算も何もない『思いついたまま』の話題だった。


 エリック・マーティンは問いかける。

 囲んだ席の向こう側、笑いの収まった相棒に『ひとつ』。



「…………それにしても。仕事。すごい量だったな? 毎回ああなのか?」

「……ん〜〜〜。まあ、そうかな? でも、開催まで期間が長ければ、そのぶん、分散するから余裕できるんだけど。今回お知らせ来た時点で2週間ないんだもん、みんな焦って持ち込んだ感じー」


「……舞踏会ひとつでああなるとは。……想像が及ばなかったよ」

「んまあ、男の人ならしょーがないんじゃん? おにーさん、貴族でもなんでもないんだし。普通普通。そんなもんだよ~」



 エリックの中に潜む『強めの反省』に微塵も気づかず、ミリアは軽く手を振り答えた。


 ミリアからしてみれば、『お屋敷の主さんエルヴィスめいしゅがやらかしたことを自分のように謝ることなんてない』のだ。そこまで気にする彼を(まじめだなあ)と捕えつつ、ミリアは続きを語る。



「まあ、大体リメイクなんだけどね? リメイクはね? ドレス作るよりは手間もなくて割高で、儲けられるから『らっきー!』って感じなんだけど。何しろ数が多くて。片付けても片付けても増えてくんだもん。ひと昔前ならお直しできるショップもいっぱいあったんだけど、今はもう『作りっぱなし』のところが多いじゃない? ウチみたいに『他で購入したものも直しますよ』なんてところ、すごーく少ないのねー? だから、溢れちゃうの」



 はぁ、と短く漏らす息。

 そして彼女は肩をすくめ、



「スタッフ総動員。わたしも縫う。猫の手も借りたい。うちの職人は血眼」

「…………」

「今回は、流石のうちもオーダーストップした。こんなの初めて」


「…………」

「ふふーん? その顔『なら最初から受けるな』とか『キャパを考えろ』って言いたそうだね〜? ────でもさあ、」



 なにか、”言葉を飲み込んだ様子”のエリックに、ミリアはスプーンを置いて笑いながら手のひらで頬杖をつくと、そのはちみつを閉じ込めたような瞳に、光を宿し────述べる。



「────”ここなら綺麗にしてくれる!”って、思って来てくれるお客様の期待には、応えたいじゃない? 普段、その辺の男にツンケンしてる感じの女の人も、すごくキラキラした顔で来店されるんだよ?」



 話す彼女は幸せそうで、慈愛に満ちていて。



「『盟主さまの目に留まりたい』って。『あの方の瞳に入りたい』って。……わたしはどんな人か知らないから、聞いてただけだったんだけど。みんな、いい笑顔してた。キミのご主人さまって、『憧れの人』なんだね」

「…………」



 ニコニコと語る彼女とは反対に、エリックの中が地味に澱む。

 ────ああ、違う。あいつらが見ているのは《俺》じゃない。



「あのね、わたし思うんだけどね? この街の女性だって、別に『相手が要らないわけじゃない』と思う。『あれだけを見てると』だけどね、そう思うの」



 ──違う、違う。

 しかしそれは口に出せない。

 彼女の『嬉しさと憧れの混じった気持ち』に、エリックは──皮肉を交えて鉛をこぼす。



「…………まあ、そうかもしれないけどな。…………どれだけの人間が『エルヴィス・ディン・オリオン』を見ているのか、疑問ではあるけど」

「? どゆこと?」



 ────鉛色の|本音に問いが返る。



「────いや、なんでも? ……それで? 君は?」

「? わたし?」

「着付けているし、提案しているんだよな? 『舞踏会に・憧れ』、とか」

「?」



 それに答えず、質問で隠したエリックに戻ってきたのは、心底不思議そうなミリアの顔だった。



「わたしは、着せる側じゃん? ドレス一着いくらすると思ってるの? 『婚姻の贈り物』って言われてるんだよ? 貴族令嬢でもないわたしが、着れるわけないでしょ〜」



 答える彼女は『なにを当たり前な』と言わんばかりで。

 暗に『それでいいのか』と疑問をぶつける彼の前、満足そうに微笑み、そして言うのだ。



「いーの。一生地味〜なローブ着て過ごすより、全然マシ。毎日服を選ぶだけで楽しいんだよ? そんなの、ここに来るまで知らなかったっ」

「…………」



 ご機嫌に、そして陽気に笑うミリアに────彼は思わず、投げかけていた。



「…………着てみたいとは、思わないのか?」




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