6-11「虫ぬきプリン」




「…………なあ、ミリア。……さっきの」

「さっきの?」


「……あぁ、えーと、”ぷりん”? ってやつ」

「ぷりん?」


「そう。その、甘くてぷるんとした、”ぷりん”。あー…… その、虫じゃなくて、他の方法で作れないのか?」

「? なんで?」

「…………」



 キョトンとした返しにエリックは口を閉ざした。

 『君が虫を食べるところを想像して引いてる』なんて言えないし、かといって虫を食べるのは遠慮したい。そんな葛藤が渦を巻き、彼の口から出たのは、配慮に配慮を重ねた言葉だった。



「…………甘いものは好きだから。君が、その、うまいと言うのなら、興味はあるんだけど。……その……ええと。……虫を口に入れるのは……、ちょっと、な」


「…………? むしを・くちに・いれる…………?」

「────そう」



 真剣・真顔。深刻を敷き詰めつつ言いにくそうに言うエリックを前に、ミリアは彼の言葉を反芻はんすうし────



(……むし、を、くちに………………入れる…………)


 むしを・くちに・入れ

 ────ぷ!

「あはははははははははははははははははは!!」

「……!?」



 それに気がつき吹き出した。

 いきなりのことに驚くエリックの前で、ミリアはぎゅっと自身を抱きしめるように腹を抱え、大きく息を吸い込み苦しそうに首を振る。



「むっ! 昆虫むしではなく! 蒸気とか、お湯の熱で! 火を通すほうほうのことだよっ」


「──────へ」

「……ぷ! 今思いっきり勘違いしなかった!? 『虫食べるとかありえない』って思ってたでしょっ。あははは! 違うよっ!? 虫なんか食べないよっ?」

「………………」


「ひーーー! どんびき! ドン引きしてるしっ! あはははははは! その顔ーっ! おーもしろいなもぉー!」

「………………!」


 

 ────目の前で涙を流しながら笑うミリアに、勘違いを自覚したエリックは『しまった』を前面に押し出しながら右手で口元を覆った。



 ──吹き出すのは羞恥心。

 自然に眉間に皺が寄る。


(……飛んだ勘違いだ……!) 



 手のひらの中苦々しく呟く。勘違いもシンプルに恥ずかしいのだが、今だ肩を揺らしている彼女の前、”やってしまった”感がすごくて仕方ない。


 いまだケタケタと笑う彼女に、エリックは恥ずかしさを押しこめながら眉を顰め、半身を捻ると



「……そういう意味か……! そんな調理法があるとは……!」

「ぷっ! 虫だと思ったんでしょっ」


「ああ、思った。思いっきり勘違いした」

「あははははは! マジで恥ずかしいって顔してる!


「──ああ、図星だ。白状するよ。今、すごく恥ずかしい。……ああくそ、勘違いした自分が恥ずかしいな」

「あっはっは!」



 清々しいほど笑われて、エリックは恥ずかしさを抱えながらも素直にこぼしていた。笑われるのも、恥じらいも『嫌じゃない』。彼は苦笑いで問いかける。



「……もう。時間を戻せるのなら、戻して欲しいんだけど?」

「ふふふふ、残念ながら無理ですね〜?」


「ミリアさんならできると思うんだけど?」

「さすがに出来かねますねっ~っ、ふふふっ」


 

 ────愉快だった。

 勘違いも恥ずかしさも・軽口も挑発も、楽しい食事のエッセンスだ。


 エリックが心の片隅で楽しい食事に満たされていく中、一通り笑い終わったミリアは『すぅ』っと息を吸い込み背筋を伸ばすと、ご機嫌に口を開いて、



「あのね、プリンは割と簡単だよ? クリームと、卵と、砂糖があればできるから。わたしも自分で作れるぐらい、お手軽デザート♪」


「…………へえ。そうなんだ」

「うん、あとでレシピ教えてあげるよ。作ってみたらいい〜、美味しいよ♪」

「…………ああ」

 


 ご機嫌な彼女に、エリックは細やかに頷きながら微笑んでいた。


(────ああ、不思議だ)

 穏やかというか、平和というか。



 勘違いした自分も。

 陽気に笑う彼女も。

 『何気ない時間』の一部のような気がして、自然と表情がほころぶ。


 『自然体』というものはこういうものなのだろうか。

 こんなにも穏やかに、笑いを交わしたことは、今まであっただろうか。


 恥をかいたはずなのに嫌だと感じないのは、なぜなのだろうか。


 無防備になった彼の気持ち。

 そんなエリックの口から流れ出たのは


 






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