6-6「我が家が敵地になる感じ」
「…………お願いしようかしらぁ」
「そうそう、お願いしようかしらぁ。────って、オーナー!?」
エリックの提案に、のほほ~んとした調子で述べられた、想像と逆の言葉に驚き声をあげるミリア。てっきり断ると思っていたのに、響いた許諾に戸惑いが隠せない。
(な、なんで今そうなった!?なんでそうなった!?)と混乱する彼女を蚊帳の外に。エリックは喜びを込めた笑みを浮かべ、
「…………ありがとうございます、オーナー」
「いぇいぇ、助かるわあ」
交わす握手、二人の間に流れるにこやかな雰囲気。
(ちょ、え? なんでそうなった!?)
そして、それについていけないミリアが一人、愕然と目を向ける中────
その視線に気づいたベレッタは、くるんと向き直り問いかけるのだ。
「ミリー? アナタ、お昼は食べたの?」
「…………エ、……えーと」
聞かれて素早く目を反らした。
昼などもちろん食べていない。
それをありありと語る『やばいっ!』を察知して、口を開いたのは────オーナーではなく、エリックだった。
「ミリア……その顔は、食べてないだろう」
「………………食べたもん」
呆れ混じりの一言に、ぽそっと返す苦し紛れの一言。
あからさまな嘘に、エリックの小言モードが準備満タンになる。
「……ミリア。何を食べた?」
「乾燥とまと」
「……”乾燥トマト”? それだけ? 他には? 食べてないって言うんじゃないだろうな?」
「食べたよ? 乾燥トマトの他に、ドライトマトを食べたよ?」
「…………それ。同じだろ」
「売ってたお店が違うので、別物です」
「売っていた店が違えば違うものになるのか?」
「そうであります。塩味とジンジャー味があります。ジンジャーの方が高い。別商品です」
「…………98%は同じだ」
「残り2%は違うじゃん?」
「…………ミリア。ちゃんと食事は摂ってくれ」
昼のビスティー、店内で。
ナチュラルに始まる押し問答。
互いに正面から姿を捉えつつ、次なる一手は彼女から放たれた。
「摂ってるじゃんっ。それ言ったら、トマトスープとトマトソースのなにかだって素材は同じになりますよね? あれはしっかりとした食事と言われるのに、なぜ? なぜ乾燥トマトはだめなのかっ!」
「量とバランスの問題だ。そんな量で、”まとも”だとは言えないよな?」
「少ない量でもたくさん食べればまともになるんです! レタスたくさん食べたらサラダになるじゃん!」
「『き・ち・ん・と』食事を摂ってくれ。……まったく、口の減らない」
「それこっちのセリフだしっ」
「ミリー???」
「──────はいっ!」
(…………しまったぁ……! オーナーがいるの忘れてたっ!)
まるで、悪戯がばれた子どものように、ぎぎぎっと首を動かし振り向くミリアに、オーナーはしかし『仕方ない子ね』と言わんばかりに指を振る。
「と・に・か・く~。ミリー? ご飯、食べていらっしゃい?」
「…………でもオーナー……! わたしだけってのは申し訳ない……!」
「ピィも、ハニーもきちんと休んでいるわ? ミリー、あなたが一番休んでいないの。働いてくれるのは嬉しいけれど、アナタが倒れたら困るのよ?」
「…………ハイっす……」
「……同感だ。君が倒れたら、どうするんだ?」
「…………倒れないし」
オーナーには素直に頷き、エリックには反抗の言葉を返すミリア。
オーナーの言うことはさらりと飲めるが、エリックの言葉は別である。なんとなく従いたくない。そもそもミリアの中でエリックは『相棒』で、オーナーは『神』である。比べるまでもない別格なのだ。言葉の利き方もまるで違うのは当然である。
神と小言兄さんに挟まれて。
ミリアは密やかに喉を詰まらせた。
(…………うぅん……この、我が家が敵地になる感じ……)
こっそりと両手を握りながら愚痴る。
決して敵わないオーナーとだけなら穏やかに済むのに、やたらと小うるさいエリックがネックなのだ。まるで親と教師に挟まれた生徒である。
その息苦しさに、ひそかに顔のパーツをすべて引き延ばしたような顔つきで黙り込むミリアの内情など知る由もなく──エリックは、にこりとオーナーに微笑むと、とナチュラルにミリアの腰に手を回す。
「────では、オーナー。少しの間、彼女をお借りします」
「ハァイ。よろしくお願いしますね〜」
機嫌のいいエリックの声と。
伸びやかな、オーナーの声。
「ちょま、あの、うえすと」
──に、ちっともご機嫌でも伸びやかでもない、ミリアのぎこちない声が混ざり合い、空気は動き出す。
「チョ、ねえ、あノ、ワキバラ、ちょっッ」
「…………ん?」
「『ん?』じゃない、ワキバラを、ね!?」
「……? なに?」
身をよじって述べるミリアに、心底不思議そうな目を向け首をかしげるエリック。
彼は貴族だ。
舞踏会や夜会で、女性の腰を抱くなど息をするようにやってのける。
ミリアがぎこちなく出す声の原因など思いつきもしない。
──しかし、それは、ミリアにとっては『異常』な振る舞いであり──
(イヤあの、おにーさん?? いきなり腰とか抱く?? そこウエスト??)
と、ミリアが渾身の『疑念の目』を向けようとした、その時。
「ミリー?」
「はい?」
オーナーの、凛とした声が背中に力を籠めまくっていたミリアを緩ませた。
そしてミリアに微笑むのである。
「…………くれぐれも
「そそう?」
言われ、今度はミリアが不思議と言わんばかりに首を傾げるが────
「……酷いな〜、オーナー。わたしが粗相なんてするわけないじゃんっ?」
肩をすくめて笑い返すミリアは知らない。
今、自分の隣にいるのが盟主であることを。
さんざん文句をぶつけた盟主本人であることを。
彼の言う『食事』が、罪滅ぼしであることを。
オーナーの声掛けで少しばかり力の抜けた肩を抱き、くすりと微笑むエリックは、空いた手で扉を開ける。
「────じゃあ、ミリア。行こうか」
「……ちょっとまって!」
”ぎっ”と音を立てて扉が開いた瞬間、ミリアはつんのめり、焦った声をあげた。
そして彼女はくるんと顔を向け、エリックを見上げながら問うのだ。
「……えと……顔だけ洗ってきてい? やばい自覚ある……」
「…………フ! ああ、行っておいで。待ってるから」
「────ごふん! あ~、うん! ごふんまってて! 顔洗って、外いける形になってくるから!」
くすりと微笑むエリックを背に、ミリアはパタパタと音を立てながら店の奥へと消えていく。(……何食べよう? 鳥食べたい!)と、胸の内で呟きながら。
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