6-5「従業員でもない彼の胸倉を掴んで不満をぶつけまくったなんてバレたら死ぬ」




(────……やばい……さっきの聞こえてなければいいんだけど……)

 


 穏やかな服飾店。

 初めて顔を合わせたオーナーと相棒のエリックに挟まれて、ひとり高速で自分の発言を思い出し、一筋の汗を垂らすのはミリアである。



 先ほどまでエリックの『オーナーに対する態度』もひそかに不安要素ではあった。

 が、それは彼の『突発好青年スマイル』で乗り切れたのだ。それが抜けた今。彼女の中で渦巻く不安は『自分がぶちまけてしまった『エリックに対する物言い』』である。


 ──基本、彼女の業務は『接客応対』。

 『従業員でもない彼の胸倉を掴んで不満をぶつけまくる』なんて店が店ならクビが飛ぶ。オーナーに聞こえていなければ幸いなのだが、聞こえていたのなら、まず間違いなくお咎めを食らうだろう。


 ────それを想像し頬を固め、(おにーさん、頼むから余分なこと言わずに帰ってくれ~!)と願う中。



 オーナーと握手を交わしたエリックは、皺のある手をもう一度、親愛をこめて握り返し微笑むと



「……ミリアさんから話は聞いているかもしれませんが、わたし此度こたび開かれる舞踏会の主催者・エルヴィス・ディン・オリオンに仕えております。……この度は、我があるじがご迷惑をおかけしているようで、大変申し訳ない」


「いぃいぇ。良いのですよ〜。それも、ワタシたちの勤めですから。ねぇ、ミリー?」

「…………そうソウそう。あのね、いくらデスマーチでも、やるので。へいきですので。」



 流れるように始まった自己紹介に、ミリアはすかさず乗っかってこくこく頷いた。ここが逃げ道だと見極めたのだ。


 しかし、その若干固めの口調で察したのか、オーナーのベレッタは”くるん”とミリアに向き直り、



「ンもぅ、お客様に愚痴をこぼしたのー? ミリー?」

「………………このひとお客様じゃないもん」

「コラ、へりくつ・・・・

「う。……スイマセン」



 ”つん”っとおでこを突かれ、ミリアは”うっ”と顔をひそめた。

 突かれたおでこを恥ずかしそうにスリスリと擦りながらも、滲み出るのは『反省の色』。


 ミリアは、敵わなかった。

 そしてとても慕っていた。


 マジェラからはるばる国を超えて、飛び込んできた自分を雇ってくれたオーナー。

 その懐の大きさと、穏やかでいてそれでいて上品で。

 ”自分のしたいことをしている”、凛とした女性。

 オーナーは、彼女の憧れだった。  

 

 ミリアとベレッタ。その間柄はまるで親子のようで、『ンもぅ』と怒るベレッタに、ミリアはしゅんと眉を下げる。



 そんな、二人の横から。

「…………えぇと、オーナー。…………突然のことですみません。…………忙しいのは重々承知しておりますが」




 ゆっくりとした口調、落ち着いた面持ちで、エリックは声をかけた。

 ふたりの視線が集まる中、エリックは整った顔を柔らかに彩ると、ベレッタを敬うような所作で小首をかしげ



「……彼女────、ミリアを、少し連れ出しても構いませんか?」

っ?」

( なに 言 う て は る ん で す か )


「…………彼女は随分と疲れているようだ。聞けば、二日家に帰っていないとか。彼女には世話になっているし、なにより、この忙しさはわたしの主人のせいでもあります。オリオンの家に仕える者として、せめて食事をご馳走したい」

「いやあの待って!?」


「良いものを仕上げるために。より良い仕事をするために、適度な休息が必要です。いかがでしょうか?」

「アラぁ」

「ちょ、まって!」



 用意していたかのように始まったエリックの突然の提案に、”きょとーん”と頬に手を当て相槌を打つオーナーを尻目に、ミリアは誰よりも慌てふためいていた。



 寝耳に水もいいところだ。

 彼女は『好青年スマイルを浮かべているエリック』に”ぐっ”と詰め寄ると、慌てて肘のあたりをつまみ、



「ちょ、ちょっと何言ってるの!? さっき修羅場って言ったじゃん!」

「……だからだよ、ミリア。君、自分の顔は見たのか?相当疲れた顔してる。その状態じゃあ、ミスするだけだ」


「じゃあ納期どうすんの! 今この時間だって惜しいって言うのに!」

「…………ああ、それを今、言おうと思って」



 言うミリアのその前で、エリックはくるりとオーナーに向き直り、『自分を、売り込むように』微笑むのだ。



「……どうでしょう、オーナー。彼女を連れだして後れを取った分、私がフォローに入るというのは」

「はっ!?」


「手先の器用さには自信があるんです。──……とは言っても、『いきなり来た男に売り物のドレスを触らせるのには抵抗もある』でしょう。ですから、……そうですね、”彼女の助手”というか。”見習い”として。お手伝いさせていただきたいのです」


「…………ちょ」

「単純に手が増えるだけで、作業の進みは大幅に良くなります。布のカットでも、なんでも言ってください。それが駄目なら、”男手として”。力仕事に使ってくれても構わない」

「…………アラぁ……」



 エリックの口から、淀みなくさらさらと出た提案に

 オーナーのベレッタの口から洩れたのは、感心のため息だった。

 ────しかし。



「ちょとと、まっ! 待ってよっ! ありがたいけど、無料タダってわけにいかないじゃん、ねえオーナー?」



 慌てふためくミリア。

 眉を下げ手を広げ、『あらまあ』と考えている様子のオーナーに話を振る。


 ミリアは決して、彼が邪魔だと思っているわけではない。

 その申し出はありがたいとは思うのだが、しかし、正式に『一人分』賃金が増えるとなると、別問題なのだ。


 金銭勘定もしている彼女には、それがよくわかっていた。



「……そぅねぇ。けれど……ウーン。もう一人雇うお金はねぇ……」

「でしょ? ────ほら、おにーさん。気持ちはありがたいけどさ~」



 うなるオーナーを庇うように、困り顔で眉を下げた。


 目論見と焦り。

 若い二人の思惑が交差する中、オーナーから放たれたのは、穏やかな一言だった。



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