6-4「Mrs.ベレッタ」




「ミリー? どちらさま~?」

「……オーナー!」



 奥から聞こえた声に、ミリアは勢いよく振り向いた。

 視界の片隅で、エリックも並んで目を向ける。


 二人一緒に見つめる先、カウンターの奥。

 年季の入った扉の前、にこやかにたたずむ一人の女性。


 綺麗な銀の髪はボブショート。纏うドレスワンピもスマートに、耳を彩る大きなピアスが、彼女の小顔を引き立たせる。年齢を重ねたその左手、薬指には金のリングが鈍く、しっかりと輝き、重ねた年月を物語っていた。


 かなりの細身で『上品で楚々とした淑女』という言葉がぴったりの”オーナー”と呼ばれたその女性は、ミリアにとって大切な人であり、唯一、”頭が上がらない”人物だ。



「……あ、えーとっ、ほら、この前話した、…………例の、おにいさん」



 慌てて、紹介するように。ミリアは、中指と薬指を綺麗に揃えた手のひらを向けて、当たり障りのないように紹介した。



 返ってくるのはオーナーのスカイブルーの瞳。

 エリックを無言で眺め、一瞬瞳の動きが止まる。



「……?」



 その視線を不思議に思ったのか、エリックは小さく口角を上げて微笑み返してみせた。──『怪しいものではありません』と、アピールするように。


 一瞬。

 オーナーの『じっ』とした視線と、エリックのにこやかな会釈が作り出した沈黙の後。ミリアの隣に並ぶ彼に、銀髪のオーナーは小首をかしげると



「………………アラ。貴方が──……”エリック”、さん?」

「────申し遅れました。エリック・マーティンと申します。はじめまして」

(……!)



 伺うように問いかけるオーナーに淀みなく挨拶をするエリック。

 そのきちんとした声に、思わず目を向けたのはミリアである。


 はきはきとしていて、物腰も柔らかく、彼が見せた所作・振る舞いはミリアの前にいる時とはまた違い、どこからどう見ても『好青年』のオーラを放っていたからだ。



(…………おぉお~。好青年っぽ────っキラキラしている……! きらきらしている……!!)



 好青年スマイルに驚きまくるミリアの隣で、オーナーは、ゆっくりと彼に微笑むと、



「……エリックさん? はじめまして。ビスティのオーナーをしております、ベレッタと申します」


「……はじめまして、Mrs.ミセスベレッタ。お会いできて光栄です。ミリアさんには、いつも世話になっていて……オーナーである貴女にも『いつかご挨拶を』と、思っておりました。……ああ、幸せだな」

「アラ。ふふふ」



 にこやかに交わされる挨拶。

 さらさらと出てくる、エリックの”文言”。


 彼の声に含まれている『嬉しそうな色』。

 それを受けて、くすくすと笑うオーナー。

 ────に、はさまれて、こっそりと唇を引き延ばすのはミリアである。



(────……やばい……さっきの聞こえてなければいいんだけど……!)



 穏やかな服飾工房の中。

 人知れず緊張に包まれ息を詰めていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る