6-3「まさか自分のせいで修羅場ですとはいえるわけもなく、エリックは痛烈を湛えて彼女の前で口をひらき」




「…………その、ミリア、………………さん」

「はい?」


「……………………悪かった」

「ん? な~んで謝るのよ。キミが謝ることじゃないでしょ〜……オリオンさんがいきなり開くからじゃん」


(…………いや……、だから……)



 ミリアが困った顔つきで述べたフォローを、複雑な気持ちで受け止めるエルヴィス・ディン・オリオン(本人)。



 嗚呼。この申し訳ない気持ちをどこに吐き出したらいいのだろう。


 黙り込む自分の前で、ミリアは不思議そうに首を傾げながら困り顔で笑っているし、まさか『俺がスケジュールを組みました』などと言えるわけもないし。


 エリックは、溢れ出す『申し訳ない』をぐっと胸の内に溜め、ガクンと首を垂れ眉を下げて、



「────あ────、…………その、『オリオン様に仕えるものとして』。……謝らせてくれないか。…………すまない」

「だぁからぁ。おにーさんが悪いわけじゃないでしょ? そんなこの世の終わりみたいな顔しないでよ」

 

「…………いや……、えーと……」

「いーってばっ。愚痴聞いてもらっただけで満足だしっ。それより、いきなりごめんね? びっくりさせた。おにーさんも忙しい中来てくれたのに。ごめんね?」



 ミリアがにこやかに、そして軽快にフォローするほど、気遣いが、逆に痛い。

 猛烈に吹き出しまくる罪悪感。


 半ばキャロラインへの反骨心でスケジュールを組んだこと・屋敷の人間に無理をさせたこと・身の回りが片付いて安堵したことなどが駆け巡り、痛烈を抱える彼を前に、実情を全く知らないミリアは、疲れた顔で『ふぅっ』っと息をつき笑い言うのだ。



「────あ、でも。オリオンさんに『次は一ヶ月余裕とってほしい』って伝えておいてくれる? 現場が死んでしまう〜〜」

「……………………わかりました」

「素直か」


 

 痛烈な『了解』に、ミリアは素早くツッコミを入れていた。



 ミリアのイメージの中、エリックという青年は『まあ、いいじゃないか。これで君も一人芝居をしなくて済むよな?』とか『暇を持て余すよりマシだろ?』とか『ああ、まあ伝えておいてあげるよ』とか、軽口を飛ばして来そうなだけに────意外もいいところである。



(……っていうかキミがなんでそこまで言う…!?)

 ──そう、目を見張るミリアを見ることもできず、鎮痛な面持ちで立つエリックは


(…………次は、十分に期間をとる。…………本当にすまない)

 と、固く誓う。



 そんなエリックの『鎮痛の理由』を知らないミリアは────目の下にできた『筋』を引っ張るように、疲れ顔のまま目を見開き、



(……いや、どうしたの……!? なんか悪いものでも食べたの……!? あ、『ご主人様が原因だから』? いや、そんなに気にせんでいいのに……。真面目な人だなーっ……)

 と、勝手に自己完結。



 『人に迷惑にならない程度の推察と自己完結』。それは、彼女の得意技だった。


 エリックが放つ空気を吹き飛ばすかのように、ミリアはくるりと身をひるがえし、上げた左腕を引っ張っぱりながら、肩越しに顔を向けると、



「────まあまあ、いいよいいよ! とりあえず、わたしはコサージュになる予定のシルクを片付けなきゃ〜」

 

 

 ぐぅ────っと伸びをして、『切り替え完了~』と言わんばかりに肩を回す。

 そんな彼女にエリックは、追いかけるように────声をかけた。



「…………ミリア。……俺が聞くのもなんだけど。……相当、まずいのか?」

「マジヤバめ。修羅場。デスマーチ。マジでしんどい。おなかへった」

「……」


「……や、あの、事実言ってごめん……嘘ついても仕方ないと思って……でもあの別に、おにーさんを責めてるわけじゃ」

「────ミリー? どちらさま〜?」

「……!」



 突如。ミリアの声を遮って、店の奥から響いた声に、二人は小さく動きを止めた。


 耳に届くは、上品な女性の声。

 ミリアは素早く振り返りエリックは、『店の奥』。そろってカウンター横の扉に目を向けて────



「…………オーナー!」


 呼ばれたように古ぼけた扉から姿を現した、短い銀の髪はボブショート。


 かなりの細身で「楚々とした淑女」という言葉がよく似合う、大きな丸いピアスが目立つ、初老の女性。



 ミリアにオーナーと呼ばれたその彼女は『ふふ』っと微笑んだ。



「…………アラ。こんにちは」



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