6-2「える、でぅ?」




 出迎えたのは、ミリアの『来た!』という『待ち望んでいたような声』。



 勢いよくカウンターを回り込む彼女にエリックが困惑しながらも、少しだけ胸の奥で感じていた『期待のようなもの』は、『わしっ!』 っと掴まれた胸倉と『むんずっ!』 っと引っ張られた襟元と



「キ ミ の ご 主 人 様 。やるならヤルと早目に言ってくれる???」



 かっぴらいたその瞳に、動揺へと変わる。



 一瞬思考が停止して、流れるようにエリックの目が捕らえるのは、彼女の後ろだ。


 やけにごちゃついているカウンター上。この前は見受けられなかった、羊皮紙の付いたドレスの数々。山盛りで色とりどりな布を背景に『 修 羅 場 』と言わんばかりに前髪をすべてまとめ上げたミリアは、彼の胸倉をググっと引き寄せると、

 


「”舞踏会”をなんだと思ってんの? みんな既存のドレスで行くとでも思ってる? ドレスが、リメイクがすぐ仕上がると思っていらっしゃる??? ねえ、盟主さまはそう思っていらっしゃる??」


「──────は。」

「いいのよ! いいの! 舞踏会おおいにけっこう! ありがとうございますオリオン様っおかげで仕事が繁盛しております! しかしですねおにーさん!? 納期までに2週間きってるってどういうことなの、わかってる!?」


 ぐぐぐぐぎぎぎぎぎぎっ。

 締まる首元に、血走る眼。 


「そっちは手紙出してお料理用意するだけでいいかもしれないけどねっ! こっちは元の業務に加えて、舞踏会に備えてドレスを新調したり リメイクしたり 作り替えたりする、貴婦人・ご婦人・お嬢様方が、どっさーーーーーってくるわけ! それはもう、どっさーーーっと!!」


「…………あ、あぁ」

「わかる!? この忙しさ! コサージュ コサージュ 裾上げウエスト直し・コサージュ コサージュ スパァンコォル!! 予想はしてるよ大丈夫! 舞踏会、あればこうなる、こういう修羅場も慣れている!! しかしね!? ……それでも今までは開催まで1ヶ月とか余裕あったのに今回2週間ないだとッ!? おかげで2日家に帰ってないぞばかあああ!!」


「────あ、あぁ……」

「──『くぉら”エっ』!」

「?」



 ピタッとミリアが止まった。

 エリックは首をかしげる。

 彼女は眉をひそめ首をかしげまくると、


 

「…………えるっ?」

「 えびッ、 」

「 しゅっ、」

「 でぅッ?」

「…………オリオン!!!」


「……『エルヴィス・ディン・オリオン』」

「────そのひとっ!」

「………………」



 びっしっ! と指をさされ、エルヴィス・ディン・オリオン本人は黙り込んだ。 

 

 もはやすべてに言葉が出ない。

 まさか自分の目の前で堂々と、『あれあの人名前なんだっけ芸』を喰らうなんて思わないし、この修羅場の原因を作ってしまったのも絶句であった。


 ────彼は盟主。

 招待客のドレスの細かい装飾まで見ちゃいないし、ぶっちゃけ舞踏会があるたびに女性がドレスをリメイクしたり、パーツを付け替えたりしているなど、知らなかった。


 ────しかし。

「………………」

(…………言われてみれば、そうか…………)



 『催し物があればモノが動く』は自明の理だが、目の前に積まれた『修羅場』に愕然とするエリックの前。


 『なりふり構っていられない』と言わんばかりに髪をトップで縛り上げ、目の下にクマをつくり、腰に巻いたストールの結び目の部分に無数の待ち針を指したミリアは『ふぅ────っ』と息吐き出すと、



「…………ってのをですね。聞いていただきたく。……オリオン様にお仕えしているおにーさんに言うのは、少し、どうかと思うわけなのでございますが。…………もお〜〜〜さああ〜〜〜言わなきゃやってらんなくてさあ〜」

「…………」



 眉を思いっきり下げて、がっくり首を垂れるミリアの声色から感じ取れる『相当な苦労』。


 その様子に黙り込む盟主の前で、ミリアは、流れるように肩をすくめ、はちみつ色の瞳でエルヴィスを見上げると、くにゃ~っと眉を下げ、言うのだ。



「それでもって、おにーさん来ないしさ? まあ『舞踏会開く』っていうなら、お仕えのキミも忙しくて来れないのは当たり前なんだけど」



 計画した本人にねぎらいを送る。



「大変だったよねー? 今回、一般からも参加OKとか、聞いた? みんな気合い入りまくり。お料理もいくつ用意するんだか。…………おにーさんも苦労するよねぇ〜?」

「…………」


 すべての根源に同情し、


 ぽんぽん。うんうん。

 わかるわかる。一緒一緒。

 ぺしぺしっ。たしたしっ。

(…………えーと…………)



「…………はあ、苦労するよネ、お互いネ。下のもん同士、なかよくしよーネ。」

「………………」


 ────────『気まずい』。



 『完全に仲間』の立場からねぎらいを送るミリアの瞳を見つめられない。

 すぅ──っと口の端から気まずさを逃がすぐらいには気まずい。

 

 ──────言えない。

 予定を組んだのは自分自身である、と。

 『調査に注力したい』と『面倒なことは早めに済ませてしまいたい』『というかここしか空いてない』で、無理やりねじ込んだと。


 『君が大変な思いをしているのは、俺のせいなんだ』と。


 …………言えない。

 彼は言えなかった。


 ああ、居たたまれない。

 ミリアの気持ちが逆に痛い。

 責めているわけではないのに大激痛である。



「……………………」



 黙り込んで言葉も出ない盟主さまの前。

 『さーて、愚痴も言ったし仕事するかー!』と伸びをする彼女に、彼の・重い・口が・開いた。




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