5-17「食用になってからおいで!(2)」
きゅるるるるる! ぴゅるるるるる!
ちゅんちゅん、ぴちちちちち!
ほっほー! ほっほー! ほろっほー!
クルッポクルッポー!
「────…………ぅるっさいトリっ!」
────ざあっ! ばさばさばさっ!
窓の外で繰り広げられていた小鳥の井戸端会議に耐え切れず、半分キレぎみにカーテンを開け放ち、ぼさぼさ頭のまま空をびしっ! と指をさすミリア!
「────食用になってからおいでっ! 生きてる鳥には興味ないですっ!」
きっぱりはっきり、虚空に向かって言い切る。
……念のため言っておくが、これが、本作の
しかし。
お世辞にも『ヒロイン』にはふさわしくない顔つきで、ぼさぼさの髪をカリカリ掻くミリアは、朝が得意な方ではなかった。
どこかの盟主のようにストイックに走ったりしないし、何もなければ特別早起きをすることなど無い。休みの日は出来うる限りの惰眠を貪り、ひどい時は昼過ぎにようやく動き出すこともあるタイプだ。
そして、仕事のある日は『それなりの時間に起きて、それなりに身支度をする』。ごく普通の一般人である。
『その性格と切り返し方と、出身国』においては普通に入らないのだが。
ベッドの上。ぐしゃぐしゃーっと掻いた頭もそのまま、カーテンを開けた窓を背景に、大きく伸びを一つ。
寝起きの彼女を包むのは、白く柔らかな素材のワンピースだ。
透け感のあるシフォン生地で作られた『部屋着ドレス』で、ミューズ・モスリンと呼ばれている。
赤ん坊のベビードレスを大人のサイズにし、透け感と色っぽさを強調するそれは、ここ数年『女の子の部屋着』として爆発的な人気を誇っていた。
可愛い上に、被るだけでお手軽ということで、ひとりで過ごす部屋着にはもってこいなのである。
しかし。
そんな『可愛らしいミューズ・モスリン』がもたらす雰囲気を、壊すように
「────あ────あぁぁぁぁあ~~……まあ、目覚ましってことでちょうど良いか〜」
大きな大きなあくびと共に、おもいっきりを伸びをして独り言。
男性を魅了するランジェリーとしても売られている『ミューズ・モスリン』でもカバーできぬ色気のなさである。
もちろんミリアに買われたそれは、その役割をこなしたことは一度もない。
「…………ねむ」
だるだるとした寝ぼけ
時刻は7時50分。
勤務は9時から。
ビスティまでは、ここから歩いて20分という距離にある。
────わっふ……
…………だるだる…………
「…………ぁ──────……」
かったるそうに伸びをして。
あくびで出た涙もそのまま、ベッドサイドに置いたサンダルに足をつっかけ、そして始める『朝のルーティン』。
沸かしておいた水で顔を洗い、歯を磨いて保湿液をつける。ぱちぱちと頬に馴染ませながら部屋を横切り、出窓に置いた植木鉢から、実ったミニトマトを2、3個むしる。
のたのたとキッチンに向かい、トマトを洗いカゴに入ったパンを”むんず!”とひと掴み。丸いころりとしたパンに向かって、右手の中指と薬指をぴたりとつけて────
「『
しゅるん! ぱっ!
声に反応して、空気の球がパンを包み込み、赤い熱線が走り抜け、途端、中のパンがじりじりと音を立てはじめた。
…………じりじりじりじり…………!
じ──────っ……!
(…………はあああああああ~~~っ……!)
徐々にオレンジ、赤と変化していく熱の色を見ながら、”ちょうどいい焼き加減”を狙って、ぎゅぎゅっと右手の力を調節して────
ぼんっ! ぷすっ!
…………しゅううううう…………
「……あ。やっべ、また焦がした……どーも調節難しいよね〜」
一瞬にして業火の処刑場と化し”ぼてっ!” と音を立てて落ちたパンに、苦々しく独り言。丸いパンの表面は、見事に真っ黒に仕上がっていた。
ミリアは、決して料理が下手というわけではない。きちんと調理道具を使い、きちんとかまどを使えば美味いものを作ることができるのだが……横着するとこれである。
「あーあ。……まあ、別に焦げたやつでも食べるからいいんですけど~」
焦がしたパンにぶつぶつ言いつつ、ジャムを塗ってミルクを注ぎ、そして丸椅子に腰かけパンを頬張りはじめる、本作のヒロイン。
齧ったパンは焦げ臭く、ジャムを塗っても口の中に広がるのは──苦味だった。
「……にがっ……まあ、これぐらいならイケる、うん」
呟きながら咀嚼する。
こくんと飲み込み、トマトを口の中へぽい。
嚙み潰した途端、採れたての実が口の中で弾け、独特の青臭さとトマトの果肉を感じながらもう一度、焦げたパンを頬張り──平たい目で空を眺めて呟くのだ。
「…………ん〜。やーっぱ外でも魔法使っとかないと、どんどん下手くそになってくな〜。もっと頻度上げないとだめかな〜? でもここ、マジェラじゃないしな〜。使う場所がな~外でやるわけにいかないしな~家の中はねぇ〜、危ないしね〜〜〜でも、マジェラでローブ着るぐらいなら、魔法捨てるじゃん〜〜?」
響く大きな独り言。
こくんとミルクを口にする。
彼女の生活は質素だった。
そのキッチンには何枚かの皿しかなく、フライパンも鍋もひとつずつ。
近年はパンを上手に焼く生活魔具も出てきているようだが、ミリアの生活にはそのような魔具など必要ない。
洗濯は魔法でなんとかなるし、パンを焼くことだってできる。
…………焦がすのだが。
「──しかし、生活魔具を買うお金はありません。なので使わねばならぬのです。生きていくには魔法が必要なのです……!」
──と、突如すわっ! と背を弓なりに伸ばし、ぴたりとくっついた中指と薬指も綺麗に。
掌を宙に向けながら、虚空に向かって話しかけるミリアは次の瞬間、芝居ががったセリフと表情を『すんっ』と背を丸め、ガリっと焦げに噛みつき、やさぐれモードにシフトすると
「────ま、普通に火ぃつけて、フライパンで焼けって話なんだけど。そしたらこんなに焦げないし、上手くできるんだけど。朝っぱらからフライパン使いたくないじゃん? めんどくさいじゃん? ね? スフィー?」
めんどくさそうに肩をすくめながら、相棒のスフィーに話しかける……のだが……
「────って。スフィー店だった……。超独り言だった……」
ガックリと肩を落とした。
途端虚しさが彼女の中に吹き荒れる。
こんな彼女だが、別に少女人形趣味というわけではなかった。
なんとなくバッグに入るサイズのスフィーを『連れて行ってあげている』感覚で連れ回しているだけで、お人形さんが好きで好きでたまらないわけではない。
いわば話し相手の代わりだ。
従って、スフィーを忘れた日は、こうしてむなしい独り言を虚空に散らかすことになる。
────まあ、スフィーがいても立派な独り言なのだが。
──一人暮らしも5年。
年と共に増えていく独り言。
そして、得意になっていく『一人芝居』。
スフィーに語り掛ける率も上がる。
しかしそれも、彼女はあまり気にならなかった。彼女はもとより空想に浸るのが好きなのである。
簡易的な食事を全て飲み込んで、彼女はさっと立ち上がり──足が向かったのはミリアのお気に入りの場所だった。
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