5-18「食用になってからおいで!(3)」
(────さって、と!)
パンを頬張りミルクを飲み干し、ミリアは立ち上がる。
足が向かうはクローゼット。
手が求めるのは、華やかで素朴な『町娘の服』。
「────きょーは、なーに着よっかな〜♪」
綺麗に掛け並べた服を前に、ご機嫌に口角を上げた。
そこは、彼女の大好きな場所。
買ったもの・初めて作ったワンピースドレス・お気に入りの巻きスカートが並ぶ場所。
実家のクローゼットとはわけが違う。
色鮮やかで、『着たい』欲を刺激してくる素晴らしさ。それらを選べる『楽しさ』に、毎朝心が満たされる。
こんな気持ちは……この国で暮らすまで知らなかった。
白くやわらかな『モスリン・ミューズの部屋着』を脱ぎ、ハンガーに釣るして。
手に取ったのは薄い麻の長袖インナーに、ふんわりとしたシルエットが出るハイウエストのスカート。
それを、手慣れた様子で綺麗に身につけ、上からコルセットベルトできちんと固定し、ビスティから拝借したリボン一本、引き抜く。
胸元まであるブラウンダークの髪を高い位置でまとめ上げ、軽くメイクを施し、脇に飾った小さなポストカードの『オリビアとリック』を一瞥し──微笑んだ。
リボンで髪をまとめ、飾ることも。
クローゼットに華やかな色が待つことも。
推しを眺めることも、彼女にとっては「手に入れた幸福」だ。
「うん! よし!」
────シルクメイル地方・ノースブルク諸侯同盟内・ウエストエッジ。
それが、彼女の働く街。
4階建てのアパートメントの3階から、速足で階段を駆け下り外に出る。赤茶けた屋根に白く綺麗な壁の家々を全身で感じて。
「────んんんっ! 夏だなーっ! きもちーわーっ!」
燦々と降り注ぐ、爽やかで柔らかな8月の光に大きく伸びをし、歩き出した。
「おー! ドラゴン飛んでる! きもちよさそー!」
その、ハニーブラウンの瞳に、竜が飛ぶ晴れやかな青空を映して。
✳︎✳︎
しかし、それが地獄のはじまりだった。
「ミリアちゃんミリアちゃん! このドレスリメイクできるかしらっ?」
「ねぇー? ビスティさん? これ〜、アレンジできない?」
「太っちゃったの! ウエスト直せるわよね!?」
「このドレスにはコサージュがひつよぉなのぉ〜! おかーさまぁ、買って買ってぇ〜??」
────この街では、たまにこういう、入れ食い状態の時期が来る。
この街に暮らして5年も経てば、事の原因がなんなのか、手にとるようにわかるのだが……今度の『入れ食い』は、ミリアにとって、笑って済ませられるものでは無かった。
オーダーを聞き、提案し、受注する彼女に、客らは口を揃えて言うのである。
『出来上がりはこの日までに!』
『エルヴィス様が舞踏会を開かれるの!』
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