5-16「食用になってからおいで!」



 それは、よく晴れた8月の初頭。

 エルヴィス盟主が聖堂を訪れた日から数日たった、ある日の朝。



 ボルドー通り50067・アパートメント「ティキンコロニ」301号室。一人暮らしの1LDK。労働者向け賃貸住宅だ。


 その一室でぬくぬくとベッドの中で寝返りを打つ女性が一人。

 彼女の名前はミリア・リリ・マキシマム。

 本作の女性主人公である。



「──────っ…………」



 吸い込む息。

 ベッドルームに差し込む光。


 部屋の隅に置かれた机。

 埃をかぶった分厚い魔術書。

 古ぼけた姿見と、”かけるだけクローゼット”に掛かったシルクメイル産のドレスワンピ。


 出窓を覆うカーテンの隙間から、差し込む光の帯に、ふわりふわりと毛埃が舞う。



「んん……」



 瞼の向こうの光に、ミリアは眩しそうに顔を歪めてブランケットを被った。寝返りを打つたびに安っぽいベッドが”ギッ”と音を立てるが、耳には入らない。


 8月の朝。

 穏やかな時間。


 朝の光が差し込む部屋に、────すぅ────っ……と深く、吸い込んだ寝息が響く。


 ちゅんちゅん、ぴちちっ……!

 外からするのは鳥の声。

 どこかから匂ってくるトーストしたパンの匂い。



「…………うん」



 ベッドの中で相槌を一つ。

 瞳を閉じて、ころんと枕に頭を預ける。

 ちゅん……、ぴちちちっ。



「……………………うん」


 鳥に小さくお返事。

 ちゅんっ、……ちゅん。



「──────ん。」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る