5-13「ドニスという国」




「聞いてほしいのだけど。私、今度ドニスに行くことになったわ」



 ネム連邦・国際円卓報告会。

 今まさに帰ろうと支度をし始めたエルヴィス盟主とリチャードの動きを止めるように、白銀の髪・赤の瞳を持つ皇女・キャロラインは話し出した。


 その張りのある声にエルヴィスは、ぴくんと一回、興味の無さそうに眉を跳ね上げ問い返す。



「…………『2週間』? …………国賓訪問か?」

「そう。招かれたの」


「…………へえ、ドニスに」



 キャロルの言葉に、エルヴィスは若干こうべを垂れながら相槌を打った。その声色に『へえ。以上の何物でもない』という色をのせて。


 ────ドニス。

 キャロライン皇女が治める『セント・リクリシア』の南東に位置する小さな国だ。ノースブルク諸侯同盟とは特に目ぼしい国交もしておらず、国の認知をしている程度。


 リクリシアもそう国交を深めていたわけではない。

 リクリシアの王──つまりキャロラインの父が亡くなってからはいまだ国交もなく、今回が初めての国賓訪問となる。



(ふぅん……ドニスね……先の大戦でも特に目立った支援もせず、小さくなっていたあの国だよな? 軍事力はほとんど持っていない、国力のないところだ)



 訪れたことはないその国の情報を、知りうる限りで頭の中に並べるエルヴィスに、キャロラインはコーヒーの入った品のあるカップを片手に一口。赤き瞳を開いて言う。



「現国王が誕生日に生前退位されるらしいの。王子と王女が集められて、盛大な式典を開くそうよ」

「…………へえ。誕生日」

「ドニスの王っつったら〜、もう70超えてなかったか〜?」



 円卓を囲み、拳で頬杖をつくエルヴィスの隣、後ろ頭に両手を当てて、宙を仰ぐのはリチャードだ。その呑気な声を一蹴するように、キャロラインは瞳でリチャードを射抜くと、張りのある声で答える。



「そう。あそこは20人も王子と皇女がいるのよ。」

「…………は〜〜…………20人……」


「…………20人…………」



 聞いて、二人は驚嘆の声を漏らした。

 リチャードとエルヴィス、尊敬と怪訝な顔つきが円卓を囲む。

 エルヴィスはドニスという国を訪れたことはないが、王城にずらりと並ぶ『20人もの王家の子』を想像し、辟易とした息が出る。


 『一昔前の貴族ならありがちな家族形態』だが、正直、彼の感性からしたら『一夫多妻』・『20人もの子供』など、考えられることではなかった。



 ”──1人を愛し、求めるのも、あってはならないと、思っているのに。”


「…………」



 『愛し、育んでいく』。『育てて後を繋ぐ』。

 求めてはならないそれらに、エルヴィスはじっとりとした息を呆れと辟易に乗せ、盟友たちに漏らす。



「……20人、ね……よその国のことをとやかく言うわけじゃないけど、元気なものだな。……それじゃあ相続争いも凄そうだ」


「だ〜よなあ」

「継承はどうするんだろうな? 目星はついているのか?」

「わからないわ。けれど、第一王子が継ぐのではないかしら?」


「────ん~、体力はあるのかぁ? あそこの第一王子は、もう50を回るはずだぞ〜?」


「…………王が務まるのか? 俺でも公務が続くと疲れも溜まるのに」

「…………同感ね」



 よそさまの国の『事情』に『──はっ、』と短く息をつくキャロルのそれが、合図だったかのように。エルヴィスは表情を変えることなく目を配らせ、ため息混じりに言い募る。



「…………70を超えるまで『現役』というのも、立派と言えば立派なものだけど? 周りとしては耄碌もうろくする前に立場を譲ってほしいところだよな」

「まーして……、子どもが20人って。王子・王女同士、命を狙う……なんてこともあるかもしれないよな〜? 子沢山も考えものってワケだ☆」

「……私たちとしては……考えられないわね…………」


「…………だな」

「……ほんとな〜」

「…………」



 そして落ちる沈黙。

 花園の中、黙り込む三人。

 そして『その気配を察知して』、リチャードは静かに席を立った。


 ──この気配・この流れ・この感じ。

 リチャードには『これ』に、何度も覚えがあった。



「──どこへ行く? リチャード?」

「ん? あぁ、少しばかりトイレへね。一息入れさせてくれ〜」



 『先の会話』が読めるリチャードが、飄々とした、抜けるような声色で花園の奥へ消え行く中──残された盟主と皇女は、さらに沈黙を深めていた。



 決して顔など合わせない。

 互いに見つめるのは『資料』だが、脳に浮かぶのは『子どもの数』と『継承問題』だ。

 

 固く、含みのある・・・・・牽制・・は、彼のほうから放たれた。


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