5-12「「まだ若いのに……」」
(────いや。情報源はあのスネークだぞ。
『一瞬』。
心の中に芽生えたとっかかりのようなものを瞬時に振り払った。
そもそも情報源が怪しいのだ。
エルヴィスは自らを諫めながらトントンと資料を整えると、
(…………『何かを企んでいる』・もしくは『楽しんでいる』と考えた方が自然だ。
第一、彼女は俺にそんな感情を抱いては)
「────で。エルヴィス? おまえさん、なにかあっただろ?」
「………………なんで?」
思考の途中。
タイミングを見計らったようにかけられた言葉に、ゆっくり目を閉じ・声に『怪訝と苛立ち』を滲ませ・
いくら相手が『協定関係の王子』であっても、詮索されるのは好きじゃない。スネークを相手にしている時ほど棘はないが、『嫌なものは嫌』である。
声から温度をかき消して。動揺を隠すように・揺らぐ気持ちを固めるように。すぐさま皮肉の笑みで表情をかたどり、エルヴィスは頬杖をつくと、
「────……ああ。強いて言うなら『依頼のおかげで目が回りそう』……かな」
「そうそうそれそれ! 依頼!」
煽り口調のそれに、返ってきたのは勢いのある返事。エルヴィスの次弾(これ以上言うのなら、どう返そうか)が突如どこかに消えていく。
勢いのある路線変更だが、しかしまだミリアに比べたら可愛らしい。
視界にやや『くらり』とした眩暈を覚えながらも態勢を保つエルヴィスに、リチャード王子は前のめりで迫ると、
「それを聞きたかったんだよエルヴィス! 毛皮の件、どうなってる?」
「──『毛皮』って、なんの話かしら?」
「……ああ、キャロル、ちょっとな〜! エルヴィスも見ただろ? あんな値段ありえない! 商人に言われて、『おかしいだろ!?』って凄んじゃったもんな〜」
食いつくキャロルを軽く流すリチャードに、眉根を寄せるのはエルヴィスだ。
「…………”凄んじゃった”って。 君が? その商人に同情するよ」
「おいおい。オレは、おまえさんみたいにプレッシャーかけないぞー?」
「…………」
『おまえさんとは違うんだがー?』を詰め込まれ、黙るエルヴィスのその前で。リチャードは彼の『冷静呆れモード』を歯牙にもかけず、言葉を続けた。
「高い原因もな? 商人に聞いても『わかりません』だけでなあ。『わからないじゃなくて、調べろ』って言おうかと思ったんだが、下手に動き回られても迷惑だろ?」
「────それで
「そそ、
………………はぁ………………
まるっきり他人事のように、腕を上げつつ言うリチャードに息をついた。
頼んでいることが『重い』のに、その頼みかたが釣り合っていないのである。
金はもらっている。
仕事だと割り切ってもいる。
──それが、この国のため──産業のためになることもわかっている。
────しかし。
「…………投げ方が雑すぎるんだけど?」
「あれぐらいゆる~いほうがイイだろ~?」
「────ハ、冗談にもほどがあるな。あの文面を読むこっちの身にもなってくれ」
「苦労したんだぜぇ? じじいっぽい雰囲気出すの」
「……そんなところに力を注ぐな」
「…………ねえ。何の話なのよ?」
「あ~~~、まあ、その?」
「……………………」
自分たちだけで会話を進める男性陣に、キャロラインは鋭い目つきで声を投げたが、男二人は明確に答えない。
トントンコンコンと書類を揃えるキャロルを尻目に、リチャードは誤魔化すように紙をめくり、エルヴィスは怪訝と言わんばかりに息をついた。
ああ、皺が寄っていく。
盟主の眉間に密集していく。
今の状況にイロイロ言いたいことはあるが胸の中にしまい込む。
そのツケが眉間に寄っていく。
『ねえ、おにーさん? 眉間のしわ~、跡がつくよ? まだ若いのに……』
(──……ああ……また、”ミリア”だ。……まあ、彼女はそう言ってきそうだけど)
脳内ミリアに憐れみを込められ、抵抗するように眉間を伸ばした。
正直「勝手に出てこないで欲しかった」。
彼女に言っても無駄どころか、どんな顔をされるかわかったものじゃないが、ことあるごとに出現されても困るのだ。
エルヴィスのそんな葛藤など知る由もなく、いけしゃあしゃあと珈琲を口にするリチャードと、黙りこくって資料を眺めるキャロル。そんなキャロルをしり目に、エルヴィは強めの語気で、リチャード王子に声を投げた。
「────で。君の依頼の件だけど。とりあえずまだ全容すら把握できていないから、少し時間をくれないか?」
「ど〜れぐらいで調べがつきそうだ〜? あんまり遅いとウチも困るんだよ。ラグマット業が悲鳴あげちまう」
「………さあ、どうだろうな? 一応、冬までにはケリをつけるつもりで動いては居るけど…………なにしろ、数が数だからな……
「期待してるぞっ、エルヴィス!」
「…………報酬は弾んでもらうからな?」
「おう、任せろ? アルツェン・ビルドの国庫を動かしてやるよ☆」
(…………国庫は動かすなよ)
山のような『言いたいこと』を我慢して。陽気に軽く言うリチャードに、エルヴィスはそっと資料を手に取った。
投げる視線で確認するのは太陽の位置。
そろそろ閉幕かと推察するエルヴィスの視界の隅で、黙りこくっていたキャロルが──口を開いた。
「聞いてほしいのだけど。私、今度ドニスに行くことになったわ」
『────ドニス?』
キャロライン皇女の口から出た名前に、エルヴィスとリチャードは、オウム返しに問い返したのであった。
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