5-9「会議の途中に何やってんだ」




 ────『誰かの顔が頭にチラつく』 なんて経験は、今まであまり味わったことがない事柄だった。


 思い出そうとして思い浮かべることはある。

 やりこめようとして仮説を立てることもある。


 しかし──『この前』・『あの日』から、妙にチラつく彼女ミリアの顔に眉根が寄る。違和感。落ち着かない。そして──自責の念だ。



(…………気が散ってる。自覚がある。……なにやってるんだ)



 自分をいさめ、首を振る。

 今は三国連盟会議の最中だ。

 集中しなければならない時にこんなこと、弛んでいるにもほどがある。


 

(────まったく、どうかしてるぞ。連想遊戯? 馬鹿言え。遊んでいる場合じゃないんだ)



 一人、眉間に皺を集結させながら資料をぺらり。飛び込んできた『マジェラ』の文字に、また眉を寄せ愚痴をこぼす。



(少し前まで『マジェラ』と言われたら、頭に浮かぶのは『仕入れ』や『魔具のこと』ばかりだったのに。今は──くそ……! )


 思い浮かんでいるのは服飾工房の女の顔。

 ──ああ、本当にどうかしている。こんな時に女のことを考えるなんて、色情魔のようで居心地が悪い。


 しかしそんな自己嫌悪を散らす様に、脳内のミリアは訝し気に問いを投げるのだ。



 『この国の人、どうしてこうなの?』

 『なんか決まりでもあるのかと思った』


 

 ──それは《男女間の空気》について話した時の『彼女の意見』。

 不思議そうな顔。理解できないといったニュアンス。

 マジェラのお国柄や、その出生率・婚姻率までは知る由もなかったが、男女差もなく・婚姻率も高い国で育った彼女からすれば・この国は、異常に映ったのだろう。


 『決まりでもあるのかと思った』という意見が出るほどには。



(────なるほど? マジェラの実態はわからないけど……、彼女が『男女の空気に違和感』を覚えたのも、当たり前なんだな)



 と、胸の内でつぶやくエルヴィスの隣、リチャードが思い出したかのように声を張る。



「────ああ〜、そうそう。マジェラと言えばだな、エルヴィス、キャロル」

 (今度はなんだ?)


 声賭けに、エルヴィスが砂糖入りの珈琲を口に含む中、金髪の王子リチャードはパチンと指を鳴らし、側近の執事にそれを促すと、差し出された黒い箱を受け取り……二人に述べた。



「この前『これ』もらったんだよ」

「…………小さな……本?」



 テーブルにそれを滑らせるリチャード。

 エルヴィスは深く腰掛けた姿勢そのまま目を丸めた。


 現れたのは、手のひらサイズの黒い平箱。

 箱なのか小さな本なのか、ぱっと見ただけでは判断が難しい装丁そうてい


 黒く厚みのある表面。

 銀の箔押しで描かれた模様。

 その姿かたちから、にじみ出る『高級感』。


 そして、その箱に捺された『銀の紋様』──。



「…………それ、魔法陣だな」


「やっぱりそーか。さっすが、魔具まぐスペシャリスト!」 

「……まあ。魔具には大体、この刻印があるから。見ればわかる」



 陽気に目を見開くリチャードに、『当然だ』といわんばかりに言い返した。 


 魔具にはどんなものにも刻印がある。 

 円と直線で描かれた紋様もんようを、マジェラの商人は『魔法陣です』と説明してくれたのは随分昔の話だ。


 魔具取り引きの中で、そこを問いただすものはあまりいなかったようだが、彼は『エルヴィス・ディン・オリオン』。細かいことでも気になったら質問する性分なのである。


 差し出された箱を手に取り見つめ始める彼。

 その目つき、『まるで検閲』。


 まずは、外箱から。

 固く厚めの表紙蓋、予想を裏切らないしっかりとした作り。

 その見事な装丁そうていに、彼の口から言葉が漏れる。



「……ずいぶんとこしらえが良いな……魔術書かなにか?」

「いんや、遊戯絵札カードだよ」

遊戯絵札カード?」



 首を振られて繰り返す。

 まさか、そんな返しが来るとは思わなかった。 

 確かにカードと言われたらそのサイズだが、しかし外箱がやけに仰々しい。



「…………へえ。てっきり、小さな本かと思った」

「な? 芸術品さながらだろ? ちょっと見てみろって」



 言いながら、リチャードはカードを一枚引き出し、エルヴィスに見せると、眉をくねらせて、



「色々な模様があって、それを揃えて遊ぶんだと思うんだが……遊び方がわからなくてなぁ。」

「…………ふーん……?」



 釣られてカードを手にするも、彼は警戒を滲ませた。

 『魔具』が一般的に危険ではないモノだと認識してはいるものの、それでも得体のしれない魔法道具であることに変わりない。


 確かめるエルヴィスと、無言で見つめるキャロラインを前に、しかしリチャードは構わずカードを次々に捲るのだ。



「ほら、みろよ。これは、水だろ? これは……炎? ……これは……、嵐みたいだな? なんか、頭のマークもあるな?」

「……あら。模様が同じものもあるのね……トランプみたいなものかしら?」

「か~もしれないなー?」



 ……ぴくっ。

 間延びした相槌に、エルヴィスの手が止まった。



「…………おい、ちょっと待て、リチャード」


 

 ゆっくりと放ったその声は、牽制と怪訝を含んでいた。



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