5-8「盟主《エルヴィス・ディン・オリオン》(3)」



「問題なのは50代以上ね。……頭の硬さはどうにかならないのかしら」



 ネミリア大聖堂の花園で、皇女キャロラインは息をつく。

 しかしそれに言葉を返したのは──一歩引いた様子のエルヴィス盟主だった。



「……まあ……それだけ年齢を重ねてるってことだろう? 自分が信じてきた感覚や常識が通用しなくなると、人間は守りに走るんだよ」

「…………」

「…………」



 冷めた声を吐くエルヴィスに視線が集まる。

 その声に抑揚などはなく、ただ淡々と口から出すのみ。


 リチャード『じっ』っとした視線と、キャロラインの無音の圧力を受けながら、エルヴィスは手元の珈琲に角砂糖を3つほど沈め、それを混ぜつつ冷めた口調で話を続ける。



「……実際、『そういう場面』に遭遇すると、どうしていいか解らなくなることもある。一概に彼らを堅物だと否定はできない。今まで積み上げてきたものを壊して改めるのは、簡単ではないんだ。経験や常識が通じないとまともに混乱することもあるから」

「………………………………………………………………」



 その、奥にある『現実味』。

 『妙な説得力』に一瞬止まったリチャードは、金の髪から覗く深緑の瞳で『じぃ……』と彼を見入ると、たっぷりとを取り────



「…………なあ、エルヴィス…………」

「なに」


「…………そういう場面があったのか?」

「え?」



 問われ、エルヴィスは珈琲をかき混ぜる手を止め小さく顔を上げた。

 忌憚なく・冷静に述べたはずなのに、『どうして』。


(────”なにか”)

 

 瞬時に胸の内で繰り返し、僅かに走る動揺の色。

 それを隠しながら瞳を惑わせる中。

 頬杖をついたリチャードは、探るような目線を送ると、



「…………今の言い方だと……なあ?」

「……………………」



 キャロルに同意を求めるリチャード。

 キャロルは表情を崩さない。

 ──『探られている』空気感。

 そこにひとつ、エルヴィスは気のない様子で口を開け、



「…………『自分の常識や感覚』の話? …………まあ、そうかな」



 可とも不可とも言えぬトーンで話の焦点をずらした。


 彼の中で『自分の常識や感覚を覆すような出来事』については、大いに心当たりがあるのだが、それをここで、彼らに報告することはない。


 マジェラの女に出会ったことも、自分の想像を超える女に会ったことも、彼らには関係もなければ報告の義務もない。そして────それを匂わせるなんてこともしない。



 ──エルヴィスは、瞬時に『出す情報もの・出さない情報もの』を選択し、やや挑戦的に拳で頬杖をくと、王子に向かって”じろり”と目を向ける。



「──こう見えても、色んなところにいくんでね。おかげさまで・・・・・・

「な〜るほど?」



 『これ以上聞くな』と圧をかけるエルヴィス、リチャードは『ふうん?』と眉を跳ねあげた。密やかな攻防を前にして、それらを赤い瞳で射抜きながら、銀髪の皇女キャロラインは待っていたかのように口を開ける。



「…………話を戻していいかしら? 小耳に挟んだのだけど、西のフェデールは出生率がいいみたいなのよ」


「へえ~~~。あのフェデールが!」

「………………西のフェデール? あそこは戦火が酷かったところだろ。…………よく盛り返してきてるな……」


「本当にね。あと、南のマジェラもその様よ」

「────マジェラも?」

 

(────”マジェラ”……)


 思わず繰り返して反芻する。

 前より少し、馴染み深くなった国の名前に、時間が止まる。

 しかしそんなエルヴィスの様子など全く気にもかけず、キャロラインは意気揚々と顔を上げ、相槌と共に続きを語るのだ。



「私が聞いた話だけれど。フェデールとマジェラは、男女に差がないようなの。こういうところの教育をモデルにして、私たちも国を変えていきたいと考えているわ」

「…………へえ、《マジェラが》……ね」

「じゃあ、エルヴィス! 今度マジェラの商人に聞いてみてくれよ! おまえさんが一番接点あるだろ?」


「…………ああ」



 『できるなら~、指南書とかある方がいいんだけどなあ~』『そうね? 参考に資料があると助かるわ』と、リチャードとキャロラインが資料を前に言葉を交わす、その向かい側で。


 適当に相槌をうち、右手で覆うように口元を隠す男が一人。



(────ああ、またか)

『ねえねえ、おにーさん!』



 会議の途中。

 頭の中に飛び出してきたミリアに、眉を寄せた。


 動揺する。

 会議中だ。

 言葉で連想してしまったと言えばそうかもしれないが、しかし──この前から・・・・・頭に過る・・・・


 エルヴィスは声にも出さずに、逃げるように視線を反らした。


「………………」

 ────気が、散っている。

(………………俺らしくもない)


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