5-7「棘の花園」
キャロラインの声を遮って、少々慌てた声が聖堂の花園に響いた。盟主と皇女、二人が揃って目を向ける中、足早に近寄ってくるのは一人の男。
年の頃なら20代半ば。
金の髪をゆるく縛り上げ、長めの前髪から新緑の瞳を覗かせる。国のカラー・青の公服をまとった──彼の名は『リチャード・フォン・フィリッツ』。
三国国際連盟・アルツェン・ビルドの第一王子である。
どちらかというと面長で、優しい瞳の持ち主だ。
────そう。
盟主でありスパイのエルヴィスに、まるで『年配の男性が若い女性に贈るような文面』で依頼を出してきた、あの男である。
聖堂の花園を『のっしのっし』と突っ切りながら『すまんすまん!』と手を振るリチャードに、エルヴィスとキャロライン、二人の呆れに満ちた視線が注がれる。
「…………遅いぞ、リチャード」
「貴方ね。この前も遅れてきたじゃない」
「わーるかったって! そう睨むなよキャロル! ”皇女さま”は〜、微笑んでいたほうがいいと思うぞぉ〜?」
「────余計なお世話よっ!」
「……いいから座ってくれ、リチャード。早く話を進めたい」
「はいはーい」
先にいた二人に怒りと呆れで迎え入れられ、金髪・
太古の昔、ネム・ミリアが眠ったという大聖堂の花園。
円卓を囲むこの三人──いや、三国は『シルクメイル地方ネム連合国』として協定を組み、同じ神を讃える国同士、目指す未来を共にしていた。
各国それぞれ、彼らの親は早々に亡くなり、正当な王位に就ける30を迎えるまで『次期
「────でー? 今、なんの議題だったんだ?」
円卓にかけ目配せをしながら資料を出すリチャードに、じろりと目を向けるのはキャロライン皇女だ。真紅の瞳でリチャードを睨み射ると、
「『連合国内における女性の人権問題』よ」
「あぁ〜、資料読ませてもらったよ。……エルヴィス〜、おまえさんとこ、もう少しなんとかならないかぁ?」
「────やっているよ、リチャード。俺の親の政策を知っているだろう? ……根が深いんだ」
「私たち三国は、足並みを揃えるべきだわ? エルヴィスにはもっと早く結果を出して貰いたいのだけど」
花園の円卓。
息をつくエルヴィスに、キャロラインのツンとした声が飛ぶ。
しかし、それに眉をくねらせ、あごを撫でるのはリチャードだ。
資料に目を滑らせながら唇を上げつつ口を開くと、
「んん〜? そういうキャロルのとこも、芳しいとは言えないんじゃないか〜? 去年より落ちてるぞ?」
「──っ! …………うちは! …………ごく最近まで継承戦争の後を引いていたの! それどころじゃ、なかったのよっ」
「いや〜〜〜、それにしても、結果がねえ〜
ムキになるキャロライン皇女を視界の隅に、リチャード王子はガリガリと後ろ頭をかく。そんな二人にエルヴィス盟主はその重い口を開くと、ため息交じりに言い放った。
「…………どうにかしたいのはどこも同じだ。けれど、染み付いた価値観はなかなか変わらない。……少なくとも30年は見ておいた方がいい」
「そうなんだがなぁ〜、わかってるんだがなあ〜」
「私としては、エルヴィス? 貴方のところの『女性の労働に対する男性の意識レベル』については、早急に対処したほうがいいと思うの。才のある女性が埋もれてしまうわ。国としても、宝の持ち腐れよ?」
「…………ううぅーん」
資料を見ながら言うキャロラインに難しい顔で唸るのはリチャードである。
はぁーとため息をつきながら、ぐいーんと背を逸らして
「……『才ある女性』ねえ〜。『さいのう』が外から見えたらいいんだがなあ〜、なあ? エルヴィス?」
「…………俺に同意を求めるな」
「そういう魔具とかないのか?」
「……あるわけないだろ」
辟易とエルヴィス。そこにキャロラインの針が飛ぶ。
「エルヴィス。リチャード。貴方たち、真剣に考えているの? 貴方たちの国の『女性の労働に対する意識調査』の回答は見たの?」
((────しまった))
資料を手元に火のついたようにしゃべり出すキャロルに、男二人は制止した。しかしキャロルは止まらない。
「『……家に入って当然』『家事はおろそかにしないことが前提』『女には針仕事ぐらいしかできない』……。……はあッ……! ……50過ぎの彼らを侮辱したくはないけれど、言いたくもなるわよ。どうしてわからないのかしら。『もう、そのような時代ではない』ということを。──
『…………』
ぎろりと睨み上げ、八つ当たりのようにくぎを刺すキャロルに──男二人は黙り込み、そっと目くばせで息をつく。
軍事から産業へ。
男子優遇から男女平等へ。
変わりゆく時代の中で、『これから』を生きるために。
トップが知識を出し合い、改善を促しているが、これがまた『難しい』のだ。
去年と代わり映えのない資料を前に、公国の王子・リチャードは呆れまじりのため息をつくと、こめかみをカリカリ掻きながら口を開ける。
「……んん〜、まあ、どこの国も大まかな動きは一緒だな?」
「……そうだな。若い貴族を中心に、少しずつ変わっては居るが」
「問題なのは50代以上ね。……頭の硬さはどうにかならないのかしら」
資料を睨みながら、赤い瞳をキリッと尖らせるキャロライン。
そんな彼女に──エルヴィスは、深い深い息を吐き──……
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