5-4「モデルのリックとココ・オリビア」



「────オリビア殿」

「お疲れさまですぅ♡ メイシュ様♡」



 真っ赤なヒールに・鮮やかな赤のドレス。金の髪も綺麗に、大きくぱっちりと彼を捉えるのは青の瞳。しゃなりしゃなりと近づいて、妙に弾んだ『笑声えごえ』を飛ばしてきたこの女性。


 名を『ココ・オリビア』。

 稀代のモデル『ココ・ジュリア』の愛娘である。

 


「今日もオリビアのパートナーを務めてくださり、有難うございます♡」

「…………これも仕事だからな。礼には及ばない」



 にっこり微笑み『こくんっ』と首を傾げるオリビアを一瞥し、彼は静かに首を振った。エルヴィスの目線も顔も、オリビアの方になど向いてはいない。やや疲れを見せながら『はあ……、』と息つくのみだ。


 そんなエルヴィスに、オリビアの口元。

 にこにこと笑みをかたどっていたそれが、すぅっと真っ平に伸びていった。



「──ほんっとうに固いですよね、メイシュ様は。『オリビア』はパートナーのはずですのに、ちっとも釣れないではないですか」

「──釣る気もないだろう? わかってるよ」

「あら。御明察ですのね♡」



 表面上の『傷ついた』を瞬時に切り替えたオリビアに、エルヴィスは冷めた口調で言い返した。


 この『ココ・オリビア』というモデルの女性は、他の貴族令嬢たちとは少し毛色が違う。


 盟主であるエルヴィスに対し、最初に見せたのは『警戒』と『品定め』。今でこそ冗談交じりで『エルヴィスさまぁ♡』と煽ってくることはあるが、すり寄ってきたことはない。



 それでも当初は猫を被っていた。

 愛想をふりまくっていたが、今はもう、それもない。

 特別仲がいいわけではないし、互いに馴れ合いもしない。

 どちらかと言えば放置しあう間柄だが、それが少しだけ、エルヴィスとしてはやりやすかった。


 モデルは『あの距離で仕事を共にする』のである。いちいちドキドキされていては仕事にならない。



 しかしながら『モデル・オリビア』の声掛けにもかかわらず、冷めた様子で肩の毛をはらうエルヴィスの態度は──オリビアのプライドを刺激するのだ。


 オリビアはツンと高飛車に腕を組むと、彼に向かって言い募る。


 

「今だから言いますけれど、もう少し柔らかな人だと思っていましたわ? オリビア、こんなに『普通』扱いされたのは初めてでしたのよ?」

「……君の母上から言い含められていたからな。『娘は同等に扱ってください』──君の母上は、我が街の広告塔だ。加えて、君はビジネスパートナーだ。仕事としてきているのだから、当たり前だろう?」


「────まあ。それが今となっては楽でいいのですけれど。モデルとして少し悔しさは残りますわね」

「…………」



 プライドと悔しさの混じる声に、黙った。

 そして言葉は滑り出る。



「…………ああ、わかるな」

「──『わかる』?」



 くるんと小首をかしげつつ、眉をしかめた彼女に沈黙した。


 ココ・オリビアは美しい。

 被写体として、アイマスクで隠しているのが『正解』だと思うほど。

 凛とした吊り目、金の髪。ココ・ジュリアの生写しと言われている彼女は、外でも相当モテるだろう。


 しかしエリックの好みには引っかからなかった。それを『当たり前として』・『オリビアを仕事相手として扱ってきた』のだが────……



(────自分の自信がある部分が効かないと)

「…………つい意地になるというか」

「なんですか?」



 最後の言葉は口の中。

 ぽそりとこぼしたそれに、オリビアが首を傾げ目を見開くが「────いや? なんでもない」。素早く首を振り会話を流す。


 顔が効かない・言葉が効かない・お決まりの誘い文句が通用しない。

 これらを食らわせるのではなく『喰らう』のが、悔しくもあり意地になるとは知らなかった。


 はじめのころの『オリビアの愛想』と、自分がミリアに仕掛けた『嘘』が脳の中で重なって。次にエルヴィスの中に生まれたのは、オリビアへの懸念であった。



(────その気もないのに粉ばかりかけるのも、どうかと思うけどな。相手が本気にしたらどうするつもりなんだよ)と、小言をひとつ。


 しかし、(…………そこまで言う義理もない)と温度の無い溜息で捨て去り、何事もなかったかのように『仮面』をつけ、ほほ笑んだ。



 ──煌びやかで、紳士な『貴族の仮面』で、彼はゆったりと手を差し出すと、



「外も暗くなってきているし、送りますよ。ココ・オリビア様?」

「まあ、ありがとうございます♡ メイシュ様」



 盟主エルヴィスのそれに細い指を添えながら、歩きだしたオリビアは──澄ました彼の横顔に、胸の内で呟いた。




(……『わかる』……とは、どういうことなのかしら?)

 







 ────その日は、本当に『濃かった』。


 朝からラジアルに詰め、ミリアのもとへ行き、一人劇場に大いに笑わせてもらった後、彼女を協力者として囲い込むことができた。


 ────その後に起きた、ビスティーでの『スネークとの鉢合わせ』は、エリックにとって不都合な出来事でしかなかったが、あとの情報共有の速さを考えたら、どちらかと言えばプラスに働いたと見ていいだろう。



 月の数回のモデルの仕事も片付け、時刻は黄昏。

 夏の太陽もすっかり隠れ、深い藍色が広がる空の下。

 彼、エリック・マーティン──、いや、エルヴィス・ディン・オリオンは屋敷に帰り着いていた。


 数キロ手前の敷地入り口アプローチを抜けて、見晴らしのいい庭を横目に、ゆっくり馬を歩かせ屋敷を目指す。


 厳格・荘厳という言葉がふさわしい、石造の我が家。

 先々代、彼の祖父が建てた石の城。

 エルヴィスの趣味ではない。

 ────祖父と父の、財力の証。


 やたらと大きく、重い扉が彼を出迎え、そこの守衛に目くばせをして、『これが済んだら、もう引き上げていい』と言葉をかける。


 開かれた扉の先。

 廊下に待っていたのは一人のメイドだけだ。



「────おかえりなさいませ、旦那様」

「……アナか。悪い、待たせたな」



 玄関口、深々とお辞儀をする、メイドのアナに言葉をかける彼。

 アナはとても小柄な女性のメイドだ。

 普段はハウスキーパーをしていて、エルヴィスとほとんど話すことはない。


 父の時代までは、ここに大勢のメイド執事を並べたものだが──エルヴィスの代になってからは『各自作業を優先してくれ』と、盛大なお出迎えを排除した。


 『帰り時間もまばらな主人を出迎えるためだけに、いつでも気配っていなければならないなんて、無駄でしかない』という理由である。


 屋敷の前、愛馬から降りたエルヴィスに、アナは素早く駆け寄ると



「…………お手紙が届いております、旦那様」

「……ああ、手紙。どこの誰からだ」


「────キャロライン・フォンティーヌ・リ」

「わかった」



 メイドの報告を皆まで言わせず遮って、ため息交じりに封を切った。

 そこまで聞けば、先は聞かずとも解る。


 相手は、皇女。

 『ネム国際連合』三国の一つ・セント・リクリシアの『キャロライン・フォンティーヌ・リクリシア』。


 ────その性格から、『鋼鉄の女』の名をほしいままにしているお姫様である。



(……”皇女”ということは、……)



 胸の内、予測を立てながら呟いて、照明魔具ラタンの光も煌々と灯る中。

 彼はそっと、その羊皮紙を引き抜き────


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