5-3「盟主は副業で無双する~(つまり貧乏くじだろ)」





 ────ぷわんっ。

 ──不思議な音。

 一瞬の閃光を当てられ、黒の目隠し・瞼の向こうが白く光る。



「はい、こちらお願いしまーす!」



 若干はしゃいだ男の声。

 真っ黒な繊維の隙間から覗く、『転写魔具まぐ』の位置。

 彼の隣、ペアの女性の腰を抱き、顔を合わせ、顎を引く。


 カッ! と降り注ぐ閃光。

 ぷわん! と鳴る不思議な音。


 彼の黒い癖のある髪と金の髪が、交わる寸前で静止する。


 次々にポーズを取るドレスとスーツに身を包んだ男女に、魔具を操る男は嬉しそうに手を叩いて声を張った。



「────はいっ、OKですー! おつかれさまでしたぁああ!」



 ウエストエッジ、中枢。

 ミリーア通りの一角にある、『魔具写絵マグピク撮影所』。

 『……はあ……』と疲れた様子で息をつく盟主『エルヴィス』に、転写魔具を構えていた男は手を揉みながら近づくと、神に救われたかのような勢いで述べる。



「…………あぁぁぁぁりがとうございますエルヴィス様! 盟主様直々にモデルをしていただき、私共はいつも!」

「…………ああ、構わない。それより、ここでその名を出すのはやめてくれないか?今は『リック・ドイル』だ。盟主のエルヴィス・ディン・オリオンではない」

「────はいっ!」



 駆け寄り速攻、目尻を力一杯下げる撮影師に、エルヴィス────いや、『リック・ドイル』は黒のアイマスクを外し、ややうんざりした口調で答えた。



 いきなり開けた視界。撮影所の特有の照明魔具が目に眩しい。

 慣れない光の世界に煩わしそうに目を細め、『終わった』と言わんばかりに息をつく。



 『覆面マスケッタモデル『リック・ドイル』。

 これもエリック──いや、エルヴィスの仕事だ。

 盟主直々にモデルの役を担うというのもいささか異常な状態ではあるのだが、ここはファッションの街だ。


 服飾産業は街の過半数を支えており、生活の基盤となっている。

 その産業を盛り立てていくためには、当然広告塔も必要なのだが────稀代のモデル『ココ・ジュリア』が、転写魔具の入国と共に築きあげた『モデル』という仕事は、全くと言って良いほど人気がなかった。



 原因は──そう。

 転写魔具マグピクである。

 

 じつはこの転写魔具マグピク、『瞳を見せたら命が吸われる』とささやかれており、発売から20年以上経過しても、まったく普及の兆しが見受けられていないのだ。


 国連では、エルヴィスを筆頭に魔具の普及を推進しているのだが、生活魔具はとにかく転写魔具マグピクに当たっては使える技師さえほとんどいない状況である。


 しかし、モデルという『広告塔』はなくてはならない。

 一度『広告塔』に慣れてしまった業界はそれをなくして宣伝する手段を持ち合わせていないようなものだし、ココ・ジュリアにおんぶに抱っこだった業界がほかの手段を模索するわけもない。


 モデルを担う役割として、女性服は『ココジュリア・オリビア親子』が請け負っているから安泰だが──問題は男性服である。


 どれだけ煽りをかけても、どれだけ募集をしても、転写魔具マグピクの影響は大きかった。それの穴埋めとして『男性の代表』として引き受けているのが、盟主エルヴィスである。


 ────いわば、貧乏くじを引いたのだ。

 

 本当なら、彼は自分の顔を出したくないのに。


 盟主としても、命を守るためには顔が割れていない方がいいし、顔出しモデルなどしようものなら、彼が重きを置いているスパイ活動ができなくなってしまう。



 そこをなんとか解決できたのは、ジュリアが唱え・貫き通していた『覆面マスケッタスタイル』のおかげであった。



『服を着るのは ジュリアわたしじゃない。あなたたち』『皆平等に、着飾る服を選んでほしい』『モデルは、服を彩る素材のひとつ』。



 『ココ・ジュリア』の意思を尊重し、モデルは覆面で顔半分を覆い隠す。

 髪型服装を変えてしまえば──転写魔具マグピクの転写技術で顔まで割れることはない。


 

(──転写魔具マグピクの吸魂リスクにおいては、懸念が残るけど。……たったこれだけで産業が盛り上がるのなら、安いものだ)

「…………」



 撮影技師がなにやら魔具をいじるのを視界の隅に、そっと息をつく。少しばかり気が抜けたのだ。正直まだまだ気を抜くわけにはいかないのだが──今日は朝から濃かった。


 朝いちラジアルにつめ・ミリアの一人劇場に大笑いし、その後、スネークとエンカウント。事件のあらましを聞いて、そして今は『モデルの撮影』。はっきり言って『多忙もここに極まれり』だ。脳も疲れで動きが鈍ってきた。


 ──が。ここで一度気を入れ直す。



(……ふう────……ええと……屋敷に帰ったらまず……)

 ────カツンっ。



 鈍く動き出した脳をせき止めるようなヒールの音に、一拍。

 エルヴィスは静かに目を向けると、その名を呼んだ。

 

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