4-14「愉快・不愉快・ 」
「おやあ。そうですか? お二人の仲睦まじい腕相撲が見えたのですが」
糸のような眼はそのまま。
口と眉をまあるくかたどり、とぼけた声で問いかける。
そんなスネークに『わあっ』と口元を押さえ、驚くのはミリアだ。
「えっ。…………見られちゃいました?」
「ええ、しっかりと。まるみえ。です」
「あらヤダおはずかしい〜っ! へへ、遊んでもらってましたっ」
「ふふっ、お茶目ですねえ」
一笑するスネークに、ミリアは『バレました~』と言わんばかりに誤魔化し後ろ頭を掻いた。
彼女は、知らない。
エリックとスネークが上下関係にあるということも、エリックがスネークを毛嫌いしていることも、彼らが『知り合い』であることも。
知らぬミリアは、スネークに向かって説明を続ける。解ってもらえるように。
「あのですね、おねだりしたんです。腕相撲、やってくれるひと居なくて。そしたら彼、付き合ってくれたんですよ~」
「ほう? そうなのですか?」
「そうそう、そうなんです! このおにーさん、結構ノリが良いんですよ!」
「────そうですか」
「はい~♪」
にこにこ、ふふふ!
笑うミリアは、『当たり障りのない回答』で場を乗り切った────つもりだった。しかしその返答は『彼』にとって不都合な事この上ないものだった。
────そう。エリックにとっては。
(………………)
はっきり言って最悪である。
心の声すら殺して考えるほど。
本当なら、ミリアに『それ』も言ってほしくはなかったのだが、彼女はエリックとスネークの関係を知らないのだ。彼女の行動を責められはしない。
だからあの時、あの瞬間。
スネークの声を認識した時から、表情を殺した。まるで貝のように黙り込み、ひたすら密かな圧をかけた。
『速やかに立ち去れ』
『なんの用だ』
『帰れ。わかっているんだろうな』と。
もちろん自分の部下である、スネーク・ケラーに対してだ。そこで下がれば自分も気兼ねなく居られるし、スネークに対して圧を叩き込む必要もない。
しかしスネークは、それをさらりと無視して入ってきやがったのだ。
ビジネスパートナーとしてはとても優秀。
しかし、こういうところ
(…………チッ……、しまった)
ミリアとスネークが『オーナーはどこだ』とか『外はどうだ』とか『集金袋が、えーと』とか話をしているその隣で、エリックは音もなく舌打ちをして考えを巡らせた。
(『油断していた』。いつから居たんだ。くそ……! よりによって……! いや、しかしそこにこだわっている場合ではないだろう。これじゃあ、スパイ失格だ……!)
胸の内で毒づきながら、目で捕らえるのは談笑するスネークの顔。
その表情にイラつきを覚え、ミリアに気取られぬよう素早く目を伏せ表情を固め、奥歯を噛みしめる。
(──そもそも、なぜ視線に気づけなかった? 常日頃から周囲に気は配っていたはずなのに。ミリアに気を取られていたといえばそうだが、そんなものは、言い訳だ)
すべてにおいて自分の過失。
だがそれはともかく『今の状況』が気に食わないものであることに変わりはない。
確実にみられてしまった『腕相撲』。
相手は”彼女”・ミリア・リリ・マキシマム。
──この国では抜群に使い勝手がよさそうな、エリックの周りにはいなかった女。
もとより彼は、秘密主義であり、今までも情報源のことは隠してきたが、
──のに。
(…………くそ…………!)
ああ、気に食わない。
この前からどうしてこうもうまくいかないのか。
スネークとミリア、ふたり和気藹々と談笑する最中。被害を最小限に抑えるべく、カタンと静かに席を立ち────
(……ミリアに挨拶だけして、すぐに引き揚)
「ねえ、エリックさん」
「────……!」
その時。
ミリアに名を呼ばれて、ぴくんと動きを止めた。
エリックが反射的に一瞬固まったその瞬間、ミリアは、カウンターの内側から促すように中指と薬指がぴたりとついた手のひらでスネークを差すと、
「こちら、商工会の組長さん。スネーク・ケラーさん。お世話になってる人なの」
『紹介するね』と言わんばかりに述べる。
応えるようにスネークは、すぅ。っと目を細め、左胸に手を添え会釈した。
「スネーク・ケラーと申します、商工会ギルド総合組長をしております」
──白々しい挨拶。
エリックは合わせるしかなかった。
「────…………ああ、どうもはじめまして。」
「………………ええ。はじめまして。以後、お見知り置きを」
立ち上がり、正面から向かい合い。
短く言葉を交わす エリックとスネーク。
すっと出した手、交わした握手。
──────そして。
『………………』
無言である。
動かぬ顔の奥底から『余分なことは言うんじゃない。わかってるだろうな?』と圧をかけるエリックに対し、にこやかな笑みの下・ボスの出方を伺うスネーク。
「………………」
「………………」
『………………』
交わした握手から手を離すことすらなく、相対して黙り込む男二人が放つ空気に、ビスティーの店内が張りつめていき────
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