4-13「愉快・   ・     」




 ────それは、毎月の業務。

 会費回収とご機嫌伺いの時間。


 総合服飾工房オール・ドレッサービスティーの軋む扉をそっと引き 音を殺して声を聞く。店の奥から聞こえる、男女の声。



「……他のところでもやってるんじゃないだろうな?」

「付き合ってくれる人などおらん!」

「…………だろうな」



 いつもの店。

 いつもの工房。


 女性だけで穏やかに営む総合服飾工房オールドレッサー

 しかし今日、花開いていたのは見慣れた男われらがボスと、女店員の会話だった。



 思わず目を見張る光景・・・・・・に、



「────こんにちは、失礼します」



 スネークは、すまし顔をそのままに高らかに声をかけ割り込んだ。『見ていますよ』と言わんばかりの、響く声で。



「……スネークさん!」

「こんにちは、ミリアさん」

「…………! …………」






 その日、昼の3時を回った頃。

 「商工会組合長」スネーク・ケラーが声をかけると、縫製服飾工房オール・ドレッサービスティーにいた男女は、全く違う反応を見せた。



 自分の声掛けに立ち上がったミリアという女店員。素早く表情を殺した様子の青年ボス



 明と暗。

 歓迎と拒絶。

 はっきりと分かれた対応をすまし顔で舐め回すのはスネークだ。決して表には出さず状況を掴み、


(…………ほう、これはこれは。なるほど、そうですか)


 『愉快』と言わんばかりに僅かに口元を緩ませた。



 商工ギルドと互いの利益のために連携を組んでいる組織・『ラジアル』のボスが『お誂え向き』を見つけたのは知っていた。情報源に対して『お誂え向き』などという言葉を使うのも珍しく、どこのだれかと聞いてみたが、彼はもちろん漏らさなかった。




 のに。

 掴んでしまったのだ。

 そして目撃してしまった。『ボスの信じられない行動』を。


 スネークは静かに糸目を滑らせる。


 ────ミリア。

 ────ボス。


 二人交互に視線を送り──狙いを澄まして微笑みかけるのは、もちろん・・・・ミリアの方。彼はにこにこと帽子をぬぐと、それを胸に置き口を開いた。



「──ミリアさん。お取り込み中、申し訳ありません。集金に参りました」



 しれっと言って退けるスネークの視界の外側で、地味〜〜〜……に感じる『圧』には、当然。気づかないふりだ。



「あ、はいはい集金ですね! いつもお疲れ様です♪」

「いえいえ。ミリアさんこそ。ドレスの見立てからクリーニングの修繕まで、ご苦労様です」

「ふふふ、仕事ですから〜♡」



 狙い通り『パッ』と表情を切り替えこちらに笑うミリアに、まずはねぎらいの一言。奥のボスの視界に入るよう、コツコツと床を鳴らして近づくが、ボスはこちらを見向きもしない。


 ──なんとも愉快だ。叩き込まれる殺気を無視し続けるのは。



「────ミリアさん、お邪魔でしたか?」

「あ、いえいえ! ぜんぜん!」

 

 当てつけのようにミリアに対してほほ笑むスネークと、それに首を振る彼女の隅で────ボスは沈黙のままだ。



(────それは、そうでしょうね)



 ボスの性格は知っている。

 スパイ組織のボスで、猜疑心も警戒心も強く、決して群れることのない男。


 『一匹狼』と表現するのが適切な『隙のない男』。


 組織のトップとして配下はいるが、群れて何かをすることはない。余計な情報の一切を排除し、物事に対して、最適な答えを導き出す冷酷な男だ。


 盟主『エルヴィス』として接したこともあるのだが、これはこれで見事な仮面の被りっぷりで、煌びやかでニコニコとした笑顔の下に滲ませる『”誰にも隙は見せない』『本音など、見せてたまるか』と言わんばかりの壁と棘は、身震いするほどのスリルがある。



 だからこそ『今』・『この状況』は『愉快』で仕方ない。


 隠そうとすればするほどほじくり返したくなる。



 ──先ほどまで、ミリアと愉快におしゃべりしていたのが嘘のように、ただじっと黙りこくるボスをもう一度。


 スネークは視線を送り、ミリアの言葉にわざとらしく目を丸くし小首を傾げると


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